●考えずに、ただ実行する

 その瞬間に考えすぎてしまう、いわゆる分析麻痺によって、自分を疑ったり、動作のあらゆる要素(ボールを蹴る時の足と脚の位置など)に集中しすぎたりして、それを意識の外に追いやれないことが、あがりの引き金になると、たいていのスポーツ選手が知っている。

 これを避けるために、レースや試合の数分前や数時間前に「セルフディストラクション」を行う選手もいる。音楽を聴いたり、本を読んだり、手を動かして何かをしたりすることは、頭を切り替え、プレッシャーをもたらす周囲の要素や思考から逃れる方法だ。

 たとえば、陸上のウサイン・ボルトは、レース前の数分間、「位置について」が聞こえる瞬間まで、ランダムに他のことを考える。「どんなにプレッシャーがあっても、いっさい考えないようにしている。考えたらそれが忍び寄り、心を弄ぶから。だからレースの前には道化になってふざける。リラックスして、自分を楽しむ」という

 マインドフルネスや瞑想は、その瞬間に注意力や集中力を維持しながら、周囲の環境を認識し、自分を保つ訓練になる。マインドフルネスや瞑想が、脳と神経系を落ち着かせ不安を軽減し、パフォーマンスを向上させることが、多くの研究で明らかにされている。

 数多くの選手が、スポーツのビッグイベントの前や最中に取り入れている。たとえば、テニスのノバク・ジョコビッチは毎日、マインドフルネスを実践している。

「心を静めたり、『内なる平和』を見出したりしようとするのではなく、考えが浮かぶのに任せ、受け入れる。(中略)思考は、脈絡なくあちこちに飛んだりするが、それが当たり前で、浮かんだり消えたりするのに任せるのが、あなたの仕事だ。(中略)
 私はマインドフルネスをさんざんやってきたので、脳が勝手に、機能的に働くようになった。(中略)以前は、ミスをするたびに固くなったが、いまはサーブを失敗したり、バックハンドが当たり損ねたりしても、瞬間的には自信喪失に陥るものの、その対処法がよくわかっている」

 また、恐怖心について書き出すだけでも、パフォーマンスへの不安を緩和することができる。マインドフルネスのトレーニングは、企業でも人気が高まっており、トレーニング用のアプリもパフォーマンスへの不安を軽減するのに有効だと示されている(実際に継続して利用する限りにおいて)。

 ●ストレスマインドセットを養う

 伝説的なテニスプレイヤー、ビリー・ジーン・キングは、「プレッシャーは特権だ」と言っている。勲章も受けたチャンピオンは、ストレスを「努力の賜物」と考えていた。「ストレスは自分を消耗させる」から「ストレスは自分を高める」へと発想を転換させると、実際に身体の反応も変わってくる。

 そうなるためには、今後緊張して心臓がバクバクし始めた時に、自分を落ち着かせようとしないことだ。身体は、その提案には乗らない。むしろ、自分はワクワクして、最高のパフォーマンスをするために気持ちを高めているのだと言い聞かせる。

 オリンピックで6回金メダルを獲得した自転車競技のクリス・ホイ卿曰く、「『緊張』や『不安』という言葉はけっして使わず、『高揚』や『奮起』といった言葉を使うべきだ」。

 ジョコビッチは、観客の大半が対戦相手を応援しているアウェーの状態では、「単に気にしないようにすることもあるが、それはかなり難しい。だから、よく言い換えるようなことをしている。観客が『ロジャー、ロジャー』と叫んでいても、自分には『ノバク、ノバク』と聞こえている」という。これは、自分が直面しているストレスがポジティブなものであり、自分を支えてくれていると、身体と心に言い聞かせる一つの方法だ。

 セルフトーク(「私はワクワクしている」と声に出す)や、ワクワクしていると自分に言い聞かせるインナーダイアログ(内なる対話)など、一見些細な戦略が、ストレスを集中力とパフォーマンスに向け、あがりを回避するのに役立つのだ。

 ●その出来事とあなたの恐怖心を合理的に解釈する

 自分のパフォーマンスの価値を相対的に捉え、予想する結果にパフォーマンス能力(や楽しみ)が押し潰されないようにすることが重要だ。

 そのためには、結果と自分のアイデンティティ(自分という人間)を切り離す必要がある。つまり、負けたからといってあなたが人としてダメなのではなく、勝ったからといってあなたが人として成功したのではない、ということだ。

 たとえば、2020年のアルペンスキー・ワールドカップで金メダルを獲得したララ・グート=ベーラミは、こう述べている。「これは1つの勝利にすぎず、人生が変わるわけではありません。もっと大事なことがあります」。

 テニスのセリーナ・ウィリアムズは、挫折はプロセスの一部であり、進み続けるためのモチベーションであることを強調している。バスケットボールの名コーチ、ドーン・ステイリーは、選手に「24時間は『勝利に酔いしれ』『敗北に苛まれて』もよい」という24時間ルールを課している。

 また、オバマ大統領が言うところの「長い目」で見ることで、大事な瞬間を合理的に捉えることができる。つまり、目の前の「危機」をリフレーミングして、大局的に――自分の価値観や長期的な目標などと照らして――見られるようになれば、1つの出来事の影響や重要性を最小限にできる。

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 大事な場面で、あがりと無縁な人はいない。しかし、あがりを防ぎ、あがった時にうまく切り抜けるために、誰もが実践できる行動や思考法があることを、世界最高のアスリートたちが教えてくれる。


"The Science of Choking Under Pressure,"HBR.org, April 07, 2022.