ビジネスパーソンはもちろん、学生や研究者からも好評を博し、11万部を突破した入山章栄氏の著書『世界標準の経営理論』。入山氏がこの執筆過程で感じたのが、世界の経営学とはまた異なる、日本の経営学独自の豊かさや面白さであった。本連載では、入山氏が日本で活躍する経営学者と対談し、そこで得られた最前線の知見を紹介する。連載第6回では、国際経営が専門の大木清弘氏に登場いただく。後編では、大木氏の研究の原点や手法について、入山氏が迫る。(構成:藤田美菜子)

若き日のタイ滞在が研究のルーツ

入山:前編では、大木先生が取り組まれているローカライゼーションの研究や、ライトブルー人材の研究について伺いました。後編では、大木先生のキャリアや、研究で目指しておられることなどについてお聞きしたいと思います。

 大木先生の研究って、データ解析というアプローチを取りつつ、その一方で現場の経験や感覚が色濃く反映されているんです。単純なデータ解析とは、背後にある「思い」が違う。いい意味で「伝わる」研究をされていますよね。そのルーツはどこにあるのでしょう?

大木 清弘(おおき・きよひろ)
東京大学大学院 経済学研究科 准教授
2007年東京大学経済学部卒業。2008年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。2011年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2012年東京大学博士号(経済学)取得。関西大学商学部助教。東京大学大学院経済学研究科講師を経て、2020年より現職。著書に『多国籍企業の量産知識』(有斐閣)、『コア・テキスト国際経営』(新世社)などがある。

大木:最初のきっかけは、結構いい加減なんですよ。

 修士に入ったばかりの2007年、ハードディスクドライブに関する研究グループのお手伝いで、タイでの調査に同行する機会があったんです。その際、ゼミの師匠である新宅純二郎先生の突然の発案で、某HDDメーカーの現地工場で1ヶ月のあいだ預かっていただくことになりまして。

 もともとは製品戦略で修士論文を書こうとしていたのですが、タイの工場について書くのであれば国際経営しかないだろうということで、結果的にこの道に進むことになりました。

 その際、最初は「すごいな。工場って1日10万個もHDDをつくってるんだ」みたいな感覚でいたのですが、1ヶ月間ずっと現場にいて、いろいろな話を聞いていると、うまくいっていないことがたくさん見えてきます。

 その工場は1990年代後半に設立されているのですが、早い段階で日本人駐在者や日本からの短期出張者を減らすことで、現地化を成功させたと見られていました。ところが、蓋を開けてみればその後現場は混乱していて、現場がものであふれている。失礼ながら、現場スタッフが機械に蹴りを入れるようなシーンも拝見しました。それを、日本から派遣されてきたベテラン社員が、一生懸命抑えようとしている状況だったのです。

「隠れたロジック」をあぶり出す

入山:なぜそんなことになっていたのでしょう?

大木:いろいろWhyを突き詰めていくと、その会社が日本での量産活動から撤退したのが事の発端だという流れが見えてきました。

 要するに、本国での量産活動が縮小されていく中で、「量産は海外の問題だ」という認識が定着し、海外工場を放置する形になっていたのです。

 日本側の拠点を閉めるという判断は、コスト競争力で考えれば妥当なのですが、海外の工場はまだ日本の工場からさまざまな支援を受けているという前提を忘れたまま、日本の工場を閉めた。その結果、海外側が混乱に陥ってしまった。そして、パフォーマンスが出せなくなった工場では、現地のスタッフが責められていたわけです。

 本社側は、日本の工場を閉めてスリムになって良かったと思っているかもしれませんが、その裏には隠れたロジックがある。こうしたロジックを掘り下げていくのが、学者としてやるべき仕事なのではないかと思いました。

 海外子会社でマズいことが起きているのは、実は本社が良かれと思ったことの裏返しだったりもする。そんな、「正論の負の側面」を明らかにしたいと思ったのです。

入山:なるほど。会社全体も大事だけれど、大木先生としては、海外の子会社が現場としてどうなるかも大事だという問題意識をお持ちなのですね。

大木:もちろん、多国籍企業全体として見れば、海外子会社のパフォーマンスが良くても、会社全体が良くなるとは限りません。

 私としては、企業の意思決定者に、その判断は海外子会社に悪影響を及ぼすかもしれませんよ、それを踏まえた上で意思決定をしてくださいね、とお伝えしたいだけです。

 本当に何がいいのかということに関しては今後の研究を待たなくてはなりませんが、まずは自分の意思決定が末端に意図せぬ形で伝わることの怖さを知ってほしいというのが、私の研究の大きなテーマです。