ケース作成がアバターインにもたらしたもの

 2020年の春あたりからヒル教授によるアバターインのケース作成プロジェクトが動き出した。コロナ禍と重なったため、インタビューはすべてZoomオンライン。そして、エスノグラファーのヒル教授は、その手法の一部をこのケース作成にも持ち込んだ。

 深堀氏や梶谷氏には1回1時間半~2時間のインタビューを10回近く行い、さらにアバターインのエコシステムに関わるANA、XPRIZE財団、米国や英国の技術提携先ベンチャー、JAXA、実証実験提携相手の大分県など、あらゆるプレイヤーにインタビューした。深堀氏と梶谷氏の記憶によると、「リンダとエミリー(HBSのリサーチアソシエイト、ケースの共著者)とはオンラインで、2週に一度くらいの頻度で会っていた」という。

 HBSの教授が日本のケースを作成する場合、一般的には日本に数日間出張し、その間に対象の会社や関連組織などの当該者をインタビューするため、その数は全部で平均10ぐらいである。それと比べると、ヒル教授が膨大な時間とエネルギーをかけてこのケースを作成していることがわかる。

 ケースのインタビューは、HBS教授がケースを作るために、対象の会社、事業、ビジョン、人について理解することがその主目的だ。しかし筆者は、数多くのHBSケース作成の現場に同席する中で、インタビューをされる側も教授から問いを投げかけられ、それについて考え言語化をする過程で大きな学びがあるのではないか、と感じていた。深堀氏と梶谷氏もこの点に強く同意している。

「ここまでかなりのスピードで来たので、振り返ってシステマチックに思考回路を整理するということがなかった。リンダとのインタビューはその機会になりました」(深堀氏)

「細かくヒアリングされることで、自分の中にある無意識の軸、大切にしていることの再確認ができました。ロボティクスの事業をやりたいというより、どのようにしたら大都市が持つリソースを世界中に平等にシェアできるかが、自分たちの原点だと気づきました。モビリティや利便性が目的ではなく、リソースの民主化をしたい。人が中心でアバターはツール、人を置き換えるのではなく人を拡張させる」(梶谷氏)と2人は言う。

 また、インタビューそのものはもちろんのこと、自分たちに向き合うヒル教授の姿勢やあり方からも大きな学びを得たと深堀氏は言う。

「これまで接点があった大学の教授はどちらかというと自分が教えたいという人が多かったですが、ヒル教授はいつも"I want to learn from you"(私はあなた方から学びたい)という謙虚な姿勢でした。好奇心がすごくて、インタビューは一度もアジェンダ通りには進まず、毎回盛り上がった。聞いたエピソードから広げていく洞察力もすごかったです」

「人の強さを引き出す魔法を持っている。リンダと話すことで充電される感覚になりました。リンダこそがリーダーだと思います」

 ヒル教授が、会社も立ち上げていない頃からぶれずに自分たちのことを信じ続けてくれて、それがケースを作成していた1年以上ずっと変わらなかったことで、「そういうふうに思ってくれるならがんばろう」という気持ちにもなったという。