世界75億人のモビリティ

 深堀氏と梶谷氏はもともとANAの航空機エンジニアで、深堀氏が社内で社会貢献のプロジェクトを立ち上げる中で出会い、絆を深めた。2016年、人類に貢献する技術開発を促進することを目指すXPRIZE財団が、民間企業がXPRIZEの出資者になれるコンペティションを初めて開催することになった。企業の出資金額は2,200万ドル(約22億円)である。

 出資者に選ばれた民間企業は、先進的な技術開発を促進してきたXPRIZEの知見や世界中の企業や人へのアクセス権を得て、その技術に関する世界的なオープンイノベーションのリーダーとなることができる。出資額は大きいが、一社、さらには日本でやろうとしても決してできない壮大なスケールのイノベーションを起こせる可能性がある。

 深堀氏と梶谷氏は、人の意識をテレポートさせるアバター技術に注目し、ANAがアバターをテーマにしたXPRIZEの出資者になるよう、経営トップをはじめとした社内の説得に奔走する。同時に技術開発のパートナー探し、開発計画の立案、具体的なサービスの案づくりに取り組んだ。

 二人が結成したANAのチームは、世界中の誰もがアバターのロボットを必要な時に借りることができ、どんなこともリモートで実行できる世界をつくる「世界75億人のモビリティ」というビジョン、そのための技術開発に出資をするというANA AVATAR XPRIZEの案を発表し、優勝する。航空会社のANA自らが、航空産業をディスラプトし航空機がいらなくなる未来を描いたこと、技術だけでなく具体的なサービス開発まで踏み込んでいたことが評価されたのである。

 優勝してからも深堀氏と梶谷氏は、ANAがXPRIZEの出資者になることの意義を社内外で粘り強く説明を続けた。そして2017年12月、ANAは正式に2,200万ドルの出資契約にサインし、2018年、ANA AVATAR XPRIZEが決まった。

 過去の実績では、XPRIZEの賞金やサポートがあることで技術開発のスピードは大幅に短縮されていたが、商用化までには15年ほどかかっていた。深堀氏と梶谷氏は、人々がアバターと共に生きる未来を思い描くことができるようになり、技術の需要が生まれなければ、アバター技術が開発されても社会には受け入れられない、と考えた。そこで、その需要を創出するため、「アバター技術を使って新しいことをやってみたい」というプレイヤーがいれば、どんな産業、分野、規模であっても、その人にとにかく会い、アバター技術を使って何ができるのか、可能性を議論した。

 その過程で深堀氏と梶谷氏は、サービスの需要づくり、アバター技術の研究開発、政府との連携を進めるには、ANAの社内チームでは限界があると感じ、ANAからのスピンアウトを考え始めた。

 行き着いたのは、アバター技術の単独のベンチャーではなく、「世界75億人のモビリティ」という未来の実現にプレイヤーが協力し合うエコシステムだ。宇宙での高度なアバター技術の発展を様々な産業の企業が集まって考える「アバターX」というコンソーシアムを、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と立ち上げた。研究開発については触覚グローブ、高機能ハンド技術、触覚センサー技術を開発する米国、英国の3社と開発のプラットフォームを築き、地方自治体の大分県が最初の実証実験のパートナーとなる。

 その後ANAからスピンアウトの承認を得て、2020年4月に深堀氏がCEO、梶谷氏がCOO、スリランカ出身のエンジニアのフェルナンド・チャリス氏をCTOとする「アバターイン」が誕生した。チャリス氏は、自分自身の身体の延長としてのロボットシステムを開発し、その技術で創業した経験があった。日本の大企業からのスピンアウトは親会社が100%株を持つ完全子会社となることが多いが、アバターインはANAの経営陣の後押しもあり、ANAは大株主ではあるが他の投資家も加わる形式となった。

左からアバターインのCOO梶谷ケビン氏、CTOフェルナンド・チャリス氏(モニター内)、CEO深堀昴氏