ビジネスパーソンはもちろん、学生や研究者からも好評を博し、11万部を突破した入山章栄氏の著書『世界標準の経営理論』。入山氏がこの執筆過程で感じたのが、世界の経営学とはまた異なる、日本の経営学独自の豊かさやおもしろさであった。本連載では、入山氏が日本で活躍する経営学者と対談し、それぞれの研究やアイデア、視点を交換することで生まれる化学反応を楽しむ。
連載第5回では、オペレーションズ・マネジメント論やビジネスモデル論が専門の岩尾俊兵氏に登場いただく。前編では、岩尾氏のイノベーションやビジネスモデル研究の内容について、入山氏が迫る。(構成:加藤年男)

経営理論が体系的に網羅された本は、これまでない

入山:『世界標準の経営理論』をお読みいただいたそうですが、どんな感想をお持ちになりましたか。

岩尾 俊兵(いわお・しゅんぺい)
慶應義塾大学商学部専任講師
平成元年佐賀県生まれ、慶應義塾大学商学部卒業、東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程修了、東京大学創設以来最初の博士(経営学)を取得。明治学院大学経済学部国際経営学科専任講師、慶應義塾大学商学部専任講師を経て、2022年4月准教授昇進予定。第73回慶應義塾賞、第37回組織学会高宮賞著書部門、第36回組織学会高宮賞論文部門、第22回日本生産管理学会賞受賞。著書に『日本“式”経営の逆襲』(日本経済新聞出版)、『イノベーションを生む“改善”』(有斐閣)などがある。

岩尾:ここまで体系的に経営理論を網羅した本は、今まであまりありませんでしたから、特に大学院生などは買った人も多かったと思います。それぞれの理論を勉強したことがある研究者にとっても学び直しの機会になりますね。実際に、私もこの本で勉強し直しました。

 たとえば「ダイナミック・ケイパビリティ(『世界標準の経営理論』第17章)」「弱いつながりの強さ(第25章)」「ストラクチャル・ホール(第26章)」「知の探索・知の深化(第12章)」などは、オペレーションとイノベーションの文脈において、世界の経営学の中でも特に重要な理論だと考え、私が大学で担当する授業でもよく扱っています。

入山:ありがとうございます!岩尾先生のご著書なども拝見したのですが、生産管理がご専門という理解でいいですか。

岩尾:おっしゃるとおり、私のもともとの専門は生産管理やオペレーションズ・マネジメントと呼ばれる分野が主で、そこに経営組織論・イノベーション論の知見を取り入れてきました。

 たとえば、2年前に出した最初の著書『イノベーションを生む"改善"』は、改善活動に関する複数の論文を再構成した生産管理の本です。2021年の6月に出した『日本"式"経営の逆襲』も、中身を読んでいただくとオペレーションの比重が高めな本という印象を持たれるかもしれません。

 ただ、オペレーションの話はビジネス一般に通じる普遍的なものなのに、タイトルに「生産」や「改善」を付けると、どうしても読者が限られてしまいます。そこで、私の考えを幅広い人に読んでもらいたいと、『日本"式"経営の逆襲』ではタイトルから戦略的に生産管理色をなくし、内容もなるべくジェネラル・マネジメントに寄せていったんです。

 要は、オペレーションズ・マネジメントや生産管理にも、経営戦略に通じる面白い話がたくさんあるのですが、そのことを一般読者の皆さんになかなか分かってもらえない。そこで、積極的に改善活動のような生産管理ど真ん中のテーマを、「両利きの経営」や「イノベーション」と絡めて、研究するようになりました。

すべてのイノベーションは、インクリメンタルである

入山:岩尾先生のご研究について、詳しく伺っていきたいのですが。まず、2冊の著作で取り組まれた研究内容について教えていただけますか。

岩尾:『イノベーションを生む"改善"』『日本"式"経営の逆襲』の内容を一言で言えば、両利きの経営やアメリカ的イノベーション観に対するアンチテーゼです。つまり、既存知識・技術の活用にしか思えないような小さな改良・変化も、それぞれを連鎖させることで大規模イノベーションになり得るということ。つまり、インクリメンタル(漸進的)イノベーションとラディカル(急進的)イノベーションの境目は、アメリカの研究者の多くが考えているほど明確ではなく、本当は連続的であるといったことを明らかにしています。

「インクリメンタルイノベーション」と「ラディカルイノベーション」は、2つに分かれて議論されることが多いですが、一見するとインクリメンタルなものであってもそれぞれを連鎖させるとラディカルになることもありますよね。研究者たちも、みんな最初は両者が連続値だと思っていたのだと思いますが、スマートな議論をするためにそこに線引きをしてしまい、いつのまにかこの線引きに引っ張られて、これらがまったく別ものだと思い込んでしまったのではないでしょうか。

 両利きの経営で取り上げられている知の探索(新しい知を求めること)・知の深化(今もっている知を活用すること)もそうです。「探索」をしているうちに、「深化」に使えることは普通にあるし、深化しているものに探索を後から組み合わせたほうがより利益が大きくなることもあるわけです。

 つまり、これらは0と1の離散値ではなくて連続値として小数点以下でつながっている。それを明らかにするために研究対象としたのが、日本の自動車メーカー4社の改善活動の研究と、分散人工知能を用いたコンピュータ・シミュレーションでした。

入山:岩尾先生のご指摘、個人的には賛成です。実は私は、最近、概念を作ることはあまりよくないなと考えるようになっています。実態は同じでも概念ができていると分けられているように感じでしまう。人間のコミュニケーション上、概念は大事ですが、概念があるために実体を見逃してしまう可能性もあります。

 例として、性別や人種が挙げられると思います。白人・黒人と分けたりしますが、遺伝学的には、人種の違いはほぼないと言われています。にもかかわらず、私たちが概念を作って分けるのは、脳が楽になるからです。確かに、両利きの経営も、探索と深化を概念で分けると説明しやすくはなります。でもそれでいいのか、というのは正鵠をえた指摘だと思います。

岩尾:おそらく概念が生まれた時は有用だったのでしょうが、次第にその概念があることによって生じるマイナスも明らかになってきます。マイナスがあまりにも大きくなった段階で概念を変える、そしてこれを繰り返すことで世の中が良くなってきたと思うしかありませんよね。