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相関関係と因果関係の違いを学んできたはずにもかかわらず、ビジネスリーダーも政治家もメディアも、相関に基づいて因果を主張するのはなぜだろうか。データを都合よく解釈して、誤った材料をもとに意思決定を下せば、大惨事を招く可能性すらある。そのような事態を避けるためには、組織が「実験」の価値を認めて、意思決定プロセスに組み込むことが重要である。


 相関関係は因果関係を意味しないと、私たち誰もが教えられてきた。にもかかわらず、多くのビジネスリーダー、選挙で選ばれた公職者、そしてメディアはいまだに、誤解を招く相関関係に基づいて因果関係を主張する。それらの主張は精査を経ていなかったり、誇張であったり、誤った形で判断材料として使われたりすることがあまりに多い。

 事例は枚挙にいとまがない。心血管疾患のリスクが入浴によって低下しうるか否かを知るために行われた、先頃の健康調査について考えてみよう。分析によると、定期的に入浴する人は心血管疾患や脳卒中の発症率がより低い傾向にあった。執筆者らは、このデータは入浴の「有益な効果」を示すと結論づけた。

 対照実験か自然実験――つまり対象者がランダムに選ばれ、変数が操作されない実験を経なければ、これが因果関係かどうかを知るのは難しい。たとえば、定期的に入浴する人は一般的にストレスが低く、リラックスするための時間の余裕がより多いことが、心疾患の発症率が低い真の理由かもしれない。

 しかし、こうした調査結果は次のような見出しとともに広く拡散される。「入浴はリラックス効果だけでなく、心臓にもよい可能性あり」

 私たちがデータを見る際に犯しうる系統的な間違いは、行動経済学と心理学における大量の研究で明らかにされている。

 人は自身の先入観を裏付ける証拠を探し求める傾向があり、自分の仮説に反するかもしれないデータは無視しがちだ。データがどのようにつくられたのかに関する重要な側面には目を向けない。より一般的には、たとえ最も重要なデータが欠けていても、目の前にあるデータを重視してしまう。ノーベル賞受賞者のダニエル・カーネマンが言ったように、「自分が見たものがすべて」になりがちなのだ。

 これが、間違いや避けられるはずの大惨事につながる。意思決定者が個人であれ、企業や政府であれ、それは同様だ。世界はますますデータであふれ、人は日常的に大量のファクトや数字を浴びせられている。

 データを分析し、因果関係が主張されたら検証することを学ばなくてはならない。この能力は、企業と政府のリーダーにとってますます重要となっている。これを達成する一つの方法は、組織において実験の価値を強調することだ。