AIで知を深化し、人は新たな知を探索する

 我々が最近よく言っているのは、「DXにはHX(Human Experience)が大切だ」ということです。HXとは人間としての体験のことです。

 なぜHXが重要かというと、いままでのビジネスは、特に21世紀に入ってからCX(顧客体験)を向上させることで進化してきました。新しいものをつくって、それを売って、マーケットシェアを獲得するという方法ではなくて、顧客視点で見た顧客本位のサービスのあり方を追求し、時には自分たちの看板を外したり、システムアーキテクチャーを分解し、組み替えたりしてでも、とにかくCXを高めることに腐心してきました。それが変革の原動力だったのです。

 ところが近年、顧客だけでなく、働き手やビジネスパートナーの体験も実はものすごく大事なのではないかという思いが社会に芽生えてきました。特にコロナ禍でエッセンシャルワーカーもリモートワーカーも大きなストレスを抱えるようになった。そのように働き手に負担をしいる中では本当に高いレベルのCXは提供できないし、またそれはDX、つまりトランスフォーメーションと呼べるのか、ということです。従業員やビジネスパートナーの体験も向上させることが大事であり、それを実現することが真のDXと言えます。

 DX推進のためには、人に優しくならないといけない。もちろん、従業員やビジネスパートナーだけでなく、お客様や社会に対してもです。石山さんの話を伺っていて、あらためてHXの大切さということを思いました。

石山 21世紀の最強のストラテジーは「優しくあること」かもしれませんね。ただ、優しさというものがこれまでサイエンスされてこなかったので、それを極められたら本当に世界平和を実現できるかもしれません。

 夢のあるサイエンスですね。

石山 実は、面白いプロジェクトを進めていまして、高野山に100日間こもる修行があるのですが、その間は精進料理だけを食べます。そこで、修行の前後に排泄物を採取して、腸内細菌がどう変化するのかをAIで分析するというものです。

 仏教文化や仏教哲学という目に見えないものを西洋の人たちに伝えるのは簡単なことではありませんが、精進料理は目に見えます。殺生を禁じる仏教の修行の中で、精進料理を食べ続けると体や心がどう変わっていくかというメカニズムを解明できれば、殺生しないという行動変容を起こすナッジを組み立てられるかもしれません。

*合理的な行動や意思決定ができない人に、よりより行動を促すための仕組みや仕掛け。行動経済学の考え方。
 

 文化的なAIの案件は、完全にエクサウィザーズの独壇場ですね(笑)。

石山 抽象的な話になりますが、仏教には仏教の文化があって、介護施設や企業にもそれぞれの文化があり、いきなりデータサイエンスを持ち込んでも、人の行動は変わりません。つまり、文化をデータサイエンスで細分化して理解しつつ、文化を統合していくということを並行して進めないと、うまくいきません。

 AIで文化を分析することはできても、AIは文化を統合することはできません。そこは人の仕事ですね。

石山 ですから、データドリブンで企業変革や社会課題の解決を進めるには、ナラティブなアプローチが重要です。人にはそれぞれ大切にしているものがあって、その大切にしているものを、他の人も大切にしてあげられるかが大事というか。森さんが先ほどおっしゃったHXにも通じる話だと思います。

 人は自分が大切にされていると感じると嬉しいけれど、自分が大切にしているものを他人が大切にしてくれるとさらに嬉しいという研究結果があるそうです。DXリーダーに求められるのは、そうしたナラティブや優しさということですね。

石山 原初的な優しさを取り戻す一つの方法は、アンラーニング(忘れる、念頭から払う)することかもしれません。現代人は過学習によって既知に囚われている面があるので、それをデトックスしてあげることで、未知なるものへの柔軟性や受容性を取り戻せるような気がします。

 そこにAIの出番がありそうです。自分が身につけた知識をいったんAIに吐き出して形式知化することで、他の人たちと共有する。「守破離」のステップでいえば、それが「離」で、人と共有するという形で既知の体系から離れて、自分は新たな知の探索に進む。

 知の深化と探索という両利きの経営に照らし合わせると、深化はAIを活用して、人は探索によって新たな社会課題解決の道を探っていく。文化的AIの時代には、それが重要になるといえそうです。