AIが「文明」から「文化」へ

 ミクロの事業活動とマクロの社会課題の関連をデータでとらえられるようになったことで、事業活動を通じた社会課題の解決がいっきに現実味を帯びてきました。私が知るある企業は、DXを担当する新しい部門を立ち上げるに当たって、その名称をESG(環境、社会、ガバナンス)変革推進部に決めましたが、社会課題を解決するためにDXを行うという点にフォーカスを当てる企業は、今後もどんどん増えると思います。

石山 社会に貢献するというのが企業理念で終わるのではなくて、ESGの観点から事業が与える社会的インパクトを数字でとらえようという動きは、本当に大きな変化ですよね。

 企業経営や社会課題解決がデータドリブンになっていくと、AIに対するフィードバックが増えてAIが進化し、さらにその精度が高まり、課題解決のスピードが上がっていく。そんな世の中になってきました。

森 正弥デロイト トーマツ コンサルティング
執行役員 Deloitte AI Institute 所長

外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て現職。eコマースや金融における先端技術を活用した新規事業創出、大規模組織マネジメントに従事。世界各国のR&Dを指揮していた経験からDX(デジタル・トランスフォーメーション)立案・遂行、ビッグデータ、AI、IoT、5Gのビジネス活用に強みを持つ。東北大学特任教授。日本ディープラーニング協会顧問、企業情報化協会常任幹事。著書に『クラウド大全』(共著:日経BP社)、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)など。

石山 AIの進化は第3ラウンドに入ったと私は考えています。米国と中国の大学がAI研究で論文の数を競い合っていたのが第1ラウンドだとすると、第2ラウンドは米国のGAFAや中国のBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)がAIを使ったビジネスで競争していました。

 次の第3ラウンドは、AIで社会課題を解くソーシャルの時代だと私は予測しています。第1ラウンドと第2ラウンドは米中が成功を収めましたが、第3ラウンドはまだ誰もうまくいっていません。そこで勝った者が、究極の勝者という考え方もあるかなと思っています。

 アカデミアが研究で競う第1ラウンドから、企業がビジネスで競争する第2ラウンドと続いて、市民がAIを使ってウェルビーイングを高めたり、地球環境の問題を解決したりする第3ラウンドに入ってきたということですか。

石山 主体が誰かというのは興味深い視点ですね。第1ラウンドの主体は研究者であり、第2ラウンドは企業でした。第3ラウンドの主体が誰なのか私にもまだわかりませんが、誰が主体者になってデザインしていくかは重要な問いだと思います。

 別の言い方をすると、第1ラウンド、第2ラウンドを「文明的な」AI、第3ラウンドを「文化的な」AIと呼ぶこともできます。この「文化的な」AIは、ソーシャルなAIですから、人や地球を大切にするという視点がとても重要です。

 以前、棋士の羽生善治さんとAIについて対談したことがあるのですが、その時、羽生さんが「将棋には、囲碁AIの”Alpha Go”にはないような文化的な側面がある」と言っていたんです。それは、まず、王将を真ん中において、次に右に金、左に金をと順番に並べていく文化があるという話だったのですが、駒という道具を大切にする、対戦相手への礼を大切にするといった学習を通じて、文化を守っていることが明らかになったのです。

  文化を大切にしているとミクロとマクロがつながり、人に優しくなって、自然にも優しくなり、世界が全体としてつながる「ワンネス」な感覚が芽生えるのかもしれません。

 将棋を通じて文化を大切するという感覚が生まれてきて、培われてきた伝統、文化が引き継がれていく。やがて、「守破離」のステップで新しいものが生まれていく流れでしょうか。

石山 そうですね。AIで将棋が強くなっても、あるいは、碁盤の上で全能になっても再び人間に戻ってくることができるのは、大切にするという概念を学習しているからなんです。そう考えると、文化的なAI、あるいは文化的なDXが、これからすごく大切になっていくのではないかと思います。

 文明的なAIはなるべくシンプルな構造にして、それを素早く水平展開することでスケールさせた者が勝つという構図でしたが、それだと多様性やエントロピー(不確実性の度合い)がどんどん失われていきます。その先にあるのが、AIが社会の隅々まで監視したり、AIがフェイクニュースを大量生産して分断が進んでしまったりする社会で、私たちはそんな社会に本当に住みたいのか。

 逆に多様性やエントロピーを広げていくのが文化的なAIで、そこでは「大切にする」という人の原初的な優しさをどう維持していくかが、大きなカギになるのではないかと思っています。