実務家が研究者になることで、新しい研究領域を切り拓く

入山:実務家出身の芦澤先生から見て、日本の経営学は「もっとこうしたほうがいいんじゃないか」と思うことはありますか?

芦澤:実務家と経営学者の接点を増やしたほうがいいと思いますね。大御所の野中郁次郎先生や藤本隆宏先生などは、実務家との接点を重視されて研究されてきました。藤本先生は、自動車産業との強いネットワークを築いてこられ、実務への貢献も大きい、素晴らしい研究をされています。

 そのようなアプローチが、他の研究分野やスタートアップのセクターでも実現できればいいな、と思いますね。

入山:ものすごく正しい本質的な指摘ですね。

芦澤:私はビジネスの現場を経て経営学の世界に入ったので、実務家と経営学者の距離が遠い理由もよくわかるのですが、それであっても連携したほうが双方の発展にメリットがあると思っています。

 経営学の研究者も、最初は何も分からなくても、実務家や実務の現場からいろいろ学んで信頼を蓄積し、5年、10年と研究を続ければ、アカデミアと実務の世界にブリッジをかける存在になれるはずです。学者には勇気を出して現場に飛び込むこと、実務家には言葉や作法が異なる研究者を受け入れる寛容さを持って欲しいなと願っています。そうやって企業も業界も、ひいては国も強くなっていくはずです。

入山:それは素晴らしい提案だと思います。

芦澤:共同研究でもいいので、権威ある先生が、新しく出てきた研究テーマを若手に任せて、自分はサポートするのが良いと思います。アメリカではそういうケースが一般的ですよね。

入山:それが基本です。新しい領域は若手がガンガンやったほうがいいので、学会のお作法とか論文の書き方だけ、上がサポートしますね。優秀な先生はほとんど、若手をトップオーサー(筆頭執筆者)にして、自分はサードオーサーにまわります。たまに、逆のパターンもありますけどね(笑)。

「経営学」を学ぶ意味は何か

入山:ここまでお話を伺っていると、芦澤先生は実務家として働かれた後、研究者になられた方なので、実務とアカデミアをつなぎたいというお気持ちが、とても強いですね。

芦澤:私は経営学が実務に役立つということを、ビジネススクールで学んだ時に、骨身に染みて感じているんです。

入山:具体的に教えてもらえますか。

芦澤:私は、KBSの修士課程(MBA)で学び始めて1カ月で気が付いたことがあります。当時、私は会計士だったのですが、会計の専門家になるためにはビジネススクールの知識だけでは全く足らない。

 ですので、おそらくマーケティングも同じで、ビジネススクールで学んだだけではマーケティングの専門家にはなれないだろう思いました。実際、マーケティング分野の実務家の知り合いに聞いてみたら、その通りでした。

 では、ビジネススクールで学ぶ知識は何に役立つのか……と思っていた時に、ある著名経営者の方が、KBSで行った講演を聞いたんです。その方は、「自分が好きな経営学の理論を3つ、4つ真剣勝負の場で使い続ければ、経営意思決定のスピードが速まるだけでなく精度も上がる」とおっしゃっていました。

 要するに、ビジネススクールは経営者育成のためにある。そして、基礎知識を身につけたら、その上で、経営学は自分に合ういくつかの理論を選択し、経営意思決定の場で使い倒すと効果が出るようになるということだと思います。

入山:私もそう思っています。私の早稲田大学ビジネススクールのゼミでは、まずは社会人学生たちに徹底的に経営理論を学んでもらいます。そして学期の最後に「My favorite理論」という呼び方をして、学生たちが1番自分に刺さった理論を1つ選ばせています。

 自分の骨格になるようなものを言語化してくれているのが経営学の理論なので、それに当たるものを見つけて、自分の「思考の軸」を決めてほしいんですね。

芦澤:私もその後、実務家としても経営学者としても、いくつかの理論を意識して選択し、繰り返し使うようにしてきました。そして今は、「制度理論」が自分の背骨になっていると言えます。

 制度理論に立脚すると経営のかなりの部分を理解し、乗り越えられると思っています。「人は合理性よりも正当性で行動するから、この問題解決のためには正当性の確保が必要なんじゃないか?」とか、「この組織にはもう少し規範的文化が必要なんじゃないか?」とか。今でも変革プロジェクトに携わることが多いのですが、「制度理論」が課題解決のヒントになることが多いです。

 このような経験を蓄積して、今では心の底から経営学を信じているし、経営学を基に経営実践することの可能性を信じています。入山先生の『世界標準の経営理論』を読んで経営学を勉強するビジネスパーソンがもっと増えれば、日本はもっと発展するだろうと期待しています。