『稲盛と永守』にみる真髄

 なぜ今、ステークホルダー資本主義なのでしょうか。今年に入って、斯界では、大家の新著が2冊発行されています。

 1冊は、『企業価値経営』(伊藤邦雄著、日本経済新聞出版)。日本企業の経営課題を分析しROE8%目標を掲げて実業界に多大な影響を与えた"伊藤レポート"の著者です。同書は基本、企業の進むべき方向性を経営戦略、財務、会計の視点から普遍的理論で論じます。

 特徴的なのは「非財務・ESG情報に目配りした企業評価」「気候変動問題と資本主義の見直し」(「はしがき」より)の要素を打ち出していることです。

 もう1冊は、『株式会社規範のコペルニクス的転回』(コリン・メイヤー著、東洋経済新報社)。著者は著名経済学者。原書発行は2018年で、その後の世界の変化が日本語版への序文で書かれています。

 引用しますと、「本書が刊行されてから、この三年間で、企業の目的に対する見方に根本的な変化が生じている。世界最大の資産運用会社であるブラックロックの会長兼CEO、ビジネス・ラウンドテーブル、世界経済フォーラムのすべてが、企業は金銭的利益の追求を超えた目的を持つべきであることを提案している」。ここにある企業の「目的」は、DHBRでは「パーパス」と訳しています。

 ビジネス・ラウンドテーブルは、本稿の冒頭で述べました通り、2019年8月に、企業のパーパスについて再定義を宣言しています。

 1970年に有力経済学者ミルトン・フリードマンが示したドクトリン「企業が負う社会的責任はただ1つ、ゲームのルールの範囲内で利潤を増加させることである」に基づいた宣言を、BRは1978年から踏襲してきましたが、これを2年前に、顧客や従業員、社会などすべての関係者への価値提供を重視する「ステークホルダー主義」へ転換したのです。

 世界経済フォーラム(ダボス会議)は2020年、資本主義の再構築をテーマに議論しています(2021年はコロナ禍で中止)。

 ブラックロックの会長兼CEOのラリー・フィンクは、同社の株主への手紙で「ステークホルダーへの対応と企業理念の実践は、企業が社会における自身の役割を理解する手段として、より一層重要になっています」と書いています(同社ウェブサイトで和訳が読めます)。

 さらには、「すべての企業に、企業理念を示すとともに、すべてのステークホルダーにどのような恩恵をもたらすことができるかを明らかにするよう求める」と記したり、自社の人材採用をダイバーシティ促進の形に変更すると表明したり、と経営方針は明確です(それによる波紋は弊誌サイトdhbr.netのマーク・クラマー著「ブラックロックCEOへの反発こそ的外れである」を参照ください)。

 一連の変化は、格差拡大や気候変動等への切迫した問題意識がもたらしています。

 実業界ではステークホルダー資本主義論がにわかに台頭してきた感がありますが、学界では2011年のハーバード大学教授のマイケル・ポーターらの論文『共通価値の戦略』(CSV)が、この動きに先駆けています。同論文では、企業利益至上主義を「かつての偏狭な資本主義観」として、フリードマンが言葉巧みに展開した主張であると記しています。

 『株式会社規範のコペルニクス的転回』は、「株式会社の目的は人々が抱え、地球上に存在する問題に対する解決策をもたらすことである」と主張し、フリードマン・ドクトリンに歴史や哲学など様々な視座から挑みます。

 著者メイヤーの崇高な考えそれぞれに共感しますが、中でも、企業価値創出における各種資本の寄与度やその希少性の変化論に、私は納得させられます。

 主要産業での寄与度は、かつては物的資本や金融資本にありましたが、今日では人的資本や知的資本、信頼などの社会資本にその比重が移り、なおかつ、環境などの自然資本の希少性が高まったことに、規範転回の要因を見るのです。この論点は、前述の『企業価値経営』に通じます。

 上記2冊とは別に、価値創出の源泉の比率が人的資本に移っていることや、そもそもの企業の原動力がパーパスにあるべきことを、日本企業の経営事例で詳述した最新刊の書に『稲盛と永守』(名和高司著、日本経済新聞出版)があります。京セラ創業者の稲盛和夫氏と日本電産創業者の永守重信氏の経営について論じた書です。

 同書の終章にある通り、「稲盛と永守は、日本本来の正しい倫理観、労働観、企業観からブレることなく、社会価値と企業価値の向上を目指し続けて来た」。その結果、世界で日本企業のプレゼンスが下がる中、京セラと日本電産は存在価値を高く維持しています。その原動力となる、パーパス経営の真髄を、同書で知ることができます。

 と同時に、不確実性が高まる今日、アニマルスピリットを持つ企業家、という人的資本の価値が高まっており、彼ら2人が不確実性にどう対処しているのかを、考えることができます。

「資本主義は危機に瀕している」の一文で始まるポーターらの論文『共通価値の戦略』は、100年に1度と言われたリーマンショックの影響が大きいと思われます。一方、近年のBRやダボス会議の転換を促したのは、格差拡大や気候変動、そしてコロナ禍です。

 対処策としての金融緩和と財政拡大は奏功していますが、大量なマネーが市中に流される一方、根本的な解決策は見えず、不確実性の度合いは高まっています。こうした状況でのステークホルダー資本主義の特集です(編集長 大坪 亮)。