環境・社会・経済の三層構造を知ることから始まる

──「サステナビリティ経営」とは何かという定義や共通認識があいまいなまま、さまざまな企業がこの言葉を使い始めています。サステナビリティ経営の本質をどう理解すべきでしょうか。

坂野 サステナビリティ経営とは何かを考えるとき、地球の上に社会があって、社会の上で経済が成り立っているという構造を理解することが出発点となります。環境価値を親亀、社会価値を子亀、経済価値を孫亀にたとえると、「親亀こけたらみなこける」構造になっている。

坂野俊哉TOSHIYA BANNO
PwC Japanグループ
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス
エグゼクティブリード

20年以上の戦略コンサルティング経験を有し、企業の経営戦略、事業戦略、海外戦略、アライアンス・M&A(合併・買収)、企業変革などのプロジェクトに多数携わる。特に企業の経済的価値や環境・社会的価値を向上させるためのサステナビリティを軸にしたトランスフォーメーションを支援。

 これまで企業の経済活動は、「外部不経済」*2を無視することで、「短期的利益」を確保してきました。しかし、外部不経済が自然の自浄作用の範囲をはるかに超えているという現実が明らかになっています。ですから、環境や社会を傷つけたら経済活動が成り立たない、という構造に気付くことから、サステナビリティ経営が始まります。

2 環境や社会に悪影響を与えるが、その会社のコストには反映されない経済活動


 そして、親亀・子亀がこけないように「事業基盤である環境・社会を維持・増強しながら、事業を持続的に成長させる」ことが、サステナビリティ経営の本質です。

磯貝 換言すれば、「長期で利益を出し続けるために、リソース(経営資源)配分を行うこと」がサステナビリティ経営であるともいえます。サステナビリティの視点で、どのような構造的変化が起きようとしているのかを理解し、現在の自社の強みやケイパビリティ(組織的能力)でその変化に対応できるのか、対応できない部分があるとしたら何が足りないのかを考え抜き、強い意思を持って全社的な変革をリードしていていくこと。それが、SXです。

 サステナビリティ経営の基礎となる考え方に「統合思考」があります。これは国際統合報告評議会(IIRC)が提唱し始めたものですが、統合思考では、「ビジネスというのは外部環境(親亀・子亀)からインプットを取り出し、ビジネスプロセスを回し、外部環境にアウトプットを出す構造になっている」ととらえます。

磯貝友紀YUKI ISOGAI
PwC Japanグループ
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス
テクニカルリード

2003年より民間企業や政府機関、国際機関にて東欧、アジア、アフリカにおける民間部門開発、日本企業の投資促進を手がける。2011年より現職。日本企業のサステナビリティビジョン・戦略策定、サステナビリティ・ビジネス・トランスフォーメーションの推進、サステナビリティリスク管理の仕組み構築などを多数支援。

 企業がインプットとして利用し、アウトプットとして吐き出す資本には、財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本の6つがあり、これらの資本を使ってビジネスを行っているわけです。

 6つの資本が毀損されるとビジネス(孫亀)のリスクとなるのはわかりやすいと思いますが、逆にこれらの資本が維持・増強されると企業にとって新たな機会が広がります。

 リスクだけに注目していると、外部環境への対応をコストとして意識してしまい、トレードオフの壁に直面します。コストが短期的利益を毀損するととらえてしまうのです。一方、新たな機会に目を向けることができれば、長期的視点でのリソース配分によって、持続的に利益を出し続けることができるようになり、トレードオフをトレードオンに転換できます。

 SXによって真のサステナビリティ経営へと進化した企業には、リスクよりも機会に突き動かされている面が強いという共通点があります。

坂野 これは外発的対応と内発的対応の違いと言ってもいいかもしれません。ハードローやソフトローなど外発的な圧力への対応だけを考えていると、長期的視点が抜け落ちてしまいます。

 最初は外発的対応からサステナビリティ経営への取り組みを始めることもやむを得ないのですが、そこから内発的対応へと変わっていくことが、SXには不可欠です。

──外発的対応からスタートした企業が、内発的対応へと転化していくには何が必要なのでしょうか。

坂野 会社は何のために存在しているのか、30年、50年先にどういう会社でありたいのかというパーパス、あるいは本書でいう北極星を見つけることです。それを真剣に考え、見つけることができた瞬間に内発的対応へと転化します。

磯貝 世界は変わり続けているわけですから、それに対する感度がきわめて重要です。北極星は変わらないけれども、世界が変わっていく中で北極星に到達するための手段や道のりはどんどん変わっていく。その部分で、感度がとても重要になるのです。

 感度には個人差がありますが、総じていえば社外の人と接する機会が多いほど、世の中の変化に対する感度は高くなります。一般的に会社の中で最も感度が高いのは、経営トップです。投資家や金融機関、取引先など多くのステークホルダーと直接対話する場面が多いからです。

 一方、社内で経営層から職階が離れるほど、自分の事業部や自分自身の業績目標に目が向いてしまいがちなので、世の中の構造的変化に対する感度は下がる傾向にあります。

 そこで、大企業のように分業化・複層化している組織の場合は、会社として目指すべき北極星に到達するために、事業部や個人がどういう役割を果たすのかをトップが明確にし、その役割を果たせる能力と機会を与え、会社全体と事業部・個人がつながる目標設定や評価の仕組みの整備が必要になります。

 そうした仕組みをベースにして、会社が定めた北極星の意義について経営トップと幹部、幹部と一般社員が積極的にエンゲージメント(建設的な対話)を行うことが、SXという大きな変革には欠かせません。

坂野 SXを実現する仕組みづくりについては、いつまでにどれくらい北極星に近づくかという全社目標の設定、北極星に向かう地図を描く「インパクトパス」の設計、経営の羅針盤となるKPI(重要業績評価指標)の整備という3つのステップが必要です。

 インパクトパスの設計とは、自社のサステナビリティ活動が、どのような経路をたどって環境・社会もしくは将来財務にインパクトを与えるかを可視化することです。それができたら、プレ財務(非財務)KPIを設定します。プレ財務KPIとは、たとえばCO2や水、原材料、コミュニティ、従業員などについて計測し、自分たちが正しい方向に進んでいるかを検証できる指標を意味します。そのKPIを経営レベルから現場レベルまで意思決定と評価の指針とするわけです。

 サステナビリティ経営を組織全体に実装させる仕組みがなくては長続きしませんし、長期で利益を出し続けることもできません。

──新しい仕組みの整備と組織への実装なども含め、SXの実現には統合的なアプローチが必要ということですね。

磯貝 そうです。これには、ガバナンスの問題も関係してきます。たとえば、経営の監督と執行が明確に分かれていない場合には、監督機能を強化することによって、長期の外部環境変化を経営の執行に取り込んでいくといった仕組みも考慮しなくてはなりません。

坂野 サステナビリティ経営とは、10年、20年単位で構造変化していく外部環境に適応しながら、長期の視点でリソースを配分し、持続的に利益を出していくことですから、3〜5年単位の中期経営計画では対応できません。

 長期の時間軸で経営の最上位レベルにおいてトランスフォーメーションの戦略を描き、それを実行していかなくてはならないからです。ですから、SXはCEOアジェンダなのです。