今回は、事業の「稼ぐ力」を高めていく際に、機能スキルにおいても重要となるデジタルやアナリティクスについて解説する。デジタルやアナリティクスの本質を理解し、おもに稼ぐ力を高めていくためにどのように活用できるか。もちろん成長にとっても重要な分野であるが、まずは稼ぐ力を高めるために活用することが日本企業にとって喫緊の課題である。

デジタルとは? アナリティクスとは?

 第12回で説明してきた企業価値の創造につながる機能スキルについて、後進企業でも一気に最先端の水準にキャッチアップができる可能性があり、さらにその先にまで進める可能性をもたらすものが、デジタルとアナリティクスである。

 これまで、手作業(マニュアル)やその道に何十年という熟練者の勘と経験、そして場合によっては度胸に頼っていたものが、豊富なデータや、その解析技術や、それを支えるコンピューティングパワーによって、容易に成し遂げられるようになってきているのである(図表13-1「デジタルとアナリティクス」を参照)。

図表13-1 デジタルとアナリティクス

 特に、このうちのアナリティクスは、大量のデータと深層学習(ディープ・ラーニング)などの高度なデータサイエンスによって、人間が持ち得る知恵のレベルを超えることさえ可能にしてくれる(図表13-2「アナリティクス」を参照)。まさに、将来の産業や社会の姿さえ変えていく可能性があるものである。

図表13-2 アナリティクス

 これまでの科学は、人間による認知の観点から、できるだけ少ない数のパラメータで、できるだけシンプルな解析式で因果関係を記述するものであった。これに対して、データサイエンスをはじめとするアナリティクス科学は、大量のデータを活用してモデルに学習させ、パターン認識によって分類や予測の結果を示す。したがって、因果関係ではなく、関係性を示す。

 ここで示される関係性であるパターン認識は、しばしば人間の理解を超えるが、大量のデータとデータサイエンスによって科学的にもたらされるものであり、人間の知恵のレベルを超えた最適解の可能性がある。これによって、機能スキルも後述のとおり大きく進歩してきている。

 なお、海外の大学や大学院では珍しくない統計学部やコンピュータサイエンス学部が、日本の大学や大学院には伝統的に独立して存在してこなかったため、こうしたデータサイエンスの理解が普及しておらず、これまでの日本では人材が養成できていない。

 また、日本ではとかくデータサイエンティストだけが注目されがちだ。しかし、データサイエンスは、大量のデータを分析できるように加工して整理するデータエンジニア、そうしたデータの蓄積を担うクラウドエンジニアなど、多彩な人材がいて初めて可能になる。

デジタルとアナリティクスの3つの効果

 デジタルとアナリティクスには、3つの効果がある。

(1)センサーを活用したIoTなどによる、エンド・トゥ・エンドでのリアルタイムな可視化。
(2)大量のデータとデータサイエンスからのアナリティクスによる分類(判別)や予測。
(3)そしてロボティクスなどによる省力化、省人化、省時化。

 このようなデジタルとアナリティクスによって、機能スキルの分野も大きく進歩してきている。そして、企業の稼ぐ力を高めているのである。

 たとえば、マーケティングの分野であれば、顧客の購買履歴データなどを分析することによるセグメンテーション、あるものを買った顧客が次に買うものの予測によるレコメンデーション、需要の刻々とした変化によるダイナミック・プライシングなどによって稼ぐ力を高めている。

 サプライチェーンの分野であれば、社内外のデータを活用した需要予測の高度化、生産計画の作成の効率化、生産設備の故障するタイミングを予測して保守を行う予知メンテナンス、工場や倉庫や配送拠点での在庫状況のリアルタイムでの可視化や予測による適正な在庫量の設定、商品需要・在庫量・交通状況の予測などに基づく輸送・配送ルートの最適化などによって、好ましい利幅マージンでの売上の増加、コスト効率の上昇などを実現して稼ぐ力を高めている。

 デジタルとアナリティクスがもたらす機能スキルの向上による効果は、その範囲が一足飛びに拡大してきている(図表13-3「デジタルとアナリティクスの効果の事例」を参照)。そして、それらが、すべて稼ぐ力を高めることに結びついているのである。

図表13-3 デジタルとアナリティクスの効果の事例

デジタルとアナリティクスの担う3つの分野

 それでは、デジタルやアナリティクスに任せておけば、機能スキルの分野において何でもやってくれるようになり、人間の介在は不要になるのであろうか。もちろん、そのようなことはない。

 デジタルとアナリティクスがおもに機能スキルを通じて経営や事業運営において担うものには大きく3つの分野がある(図表13-4「デジタルやアナリティクスが担うもの」を参照)。

図表13-4 デジタルやアナリティクスが担うもの

 1. 選択肢の提示

 デジタルやアナリティクスは、経営や事業運営における選択肢を提示してくれる。顧客の分類であるセグメンテーション、あるものを買った顧客が次に買うものとしてレコメンデーションすべき品目、生産ラインにおける設備の故障に対する予知メンテナンスによる保守のタイミング、などである。これらは、経営者や事業の運営者にとって、絶対的な正解というわけではなく、あくまでも、時には人間が持ち得る知恵を超えたレベルからの選択肢として提示される。

 2. 意思決定

 リアルタイムでのシミュレーションによって、リスク要因やリスク量などまで評価し、将来の複数のシナリオを作成して、あらかじめ定められた一定の評価項目によって評価を行い、意思決定を行っていく。たとえば、自動車の自動運転における障害物の回避でのハンドル操作などがあるだろう。

 3. 実行

 一例として、小売りの店舗による欠品補充の注文、スキャナやセンサーでの読み取りによるレジ打ち、倉庫における自動輸送機による棚入れ・棚出し、工場におけるロボティクスによる生産、自動運転トラックやドローンによる輸送・配送など、おもに自動化によるものである。

 デジタルとアナリティクスは、このうち、まず自動化を中心とする「実行」の分野から普及が始まり、大量のデータと深層学習などのデータサイエンスによるアナリティクスを活用することによって「選択肢の提示」の分野が進んできた。

 ただ、デジタルやアナリティクスは、経営者や事業の運営者に一義的な正解を与えるものではないので、「意思決定」の分野での活用がどこまで進むかは、今後の経営者および事業の運営者によるデジタルやアナリティクスへの理解の浸透、そして、デジタルやアナリティクス自体の進化の推移次第といえる。

 いずれにしても、これら3つの分野において、デジタルとアナリティクスによる機能スキルの進歩が今後も大きく進んでいくはずである。

 アフリカでは固定電話を飛ばして携帯電話が一気に普及し、そしてモバイルバンキングによって金融が一気に普及した。このように、機能スキルの分野でも、後進企業がデジタルとアナリティクスによって突然にキャッチアップし、いまの先進企業を一気に追い越していきかねない。そして、ダントツに高い稼ぐ力を持つようになる可能性は十分にある。

デジタルトランスフォーメーションは働き方改革

 デジタルとアナリティクスは、そのテクノロジー面が注目されがちである。そして、それを導入することだけが、目的となってしまう。ベンダーなどが持ち込んでくる導入事例をつまみ食いして、最終的なゴールや効果が不明確なまま進めてしまう。

 これまで見てきた通り、デジタルやアナリティクスは、経営や事業運営における卓越性や効率性をもたらし、成長だけでなく稼ぐ力を高めるためにも活用できる手段である。したがって、どのような経営にしたいのか、どのような事業オペレーションにしたいのかという、将来において目指す姿である「ビジョン」を描き、それを社内で明確に共有することから始めなければならない。

 そして、デジタルやアナリティクスによる生産性の向上やコスト効率の改善の効果として、どれだけの利益の改善やキャッシュフローの増加を実現していくのかという目標を、明確にしておかなければならない。それによって初めて、デジタルやアナリティクスによる稼ぐ力の向上、そしてキャッシュフローの創出、さらには企業価値の創造につながる(図表13-5「デジタルトランスフォーメーションの姿」を参照)。

図表13-5 デジタルトランスフォーメーションの姿

 このようなデジタルトランスフォーメーションは、テクノロジー、事業オペレーション、マインドとスキル、という3つの要素から構成される。

 もちろん、デジタルやアナリティクスについてのテクノロジーが、その原動力になることは間違いない。ただし、それらのテクノロジーは手段でしかない。どのような目指す姿に向かって事業オペレーションを変革していくのか、が最も重要なのである。

 そして、テクノロジーの導入によって、生産性の向上や効率性の改善につながる事業オペレーションを実行することについて、主体的かつ積極的に取り組んでいこうとするマインドと、実行のための現場を含めた社員の新しいスキルの構築が必要となる。

 このように、事業オペレーションを変革し、次代に向けて前向きな心持ちで、必要なスキルも構築しながら進んでいくので、デジタルトランスフォーメーションはまさに「働き方改革」なのである。

 そして、その次代の働き方につき、社内でも尊敬されているような熟練の社員から、「デジタルも捨てたものではないな」「デジタルほどには、さすがに思いが及ばなかった」「デジタルに一本取られたよ」などと言ってもらえると、一気に弾みがついて、デジタルトランスフォーメーションは進んでいく。

トランスレーターによる機能スキルの推進

 デジタルトランスフォーメーションを働き方改革として推進するには、デジタルやアナリティクスと事業をうまく結びつけて次代の事業オペレーションを構想し、事業からのキャッシュフローを生み出して企業価値を創造していける人材が、何よりも重要になる。

 このような人材は、デジタルやアナリティクスの概要を理解しており、事業も熟知していて、デジタルやアナリティクスを当該事業の文脈に翻訳しながら適用して稼ぐ力を高めていくアイデアを醸成していく。そのため「トランスレーター(通訳者)」とも呼ばれる(図表13-6「トランスレーター」を参照)。

図表13-6 トランスレーター

 トランスレーターには、これらデジタルやアナリティクスの概要の理解、事業や組織の理解に加えて、何でも面白がって困難すら楽しみに変えながら何事かを創造していこうとするアントレプレナーシップ力、そしてデジタルトランスフォーメーションをプロジェクトとして回していけるプロジェクトマネジメント力も求められる。

 日本企業においては、このトランスレーターを育成していくことが、デジタルトランスフォーメーションを推進することにつながる。ひいては、機能スキルによって稼ぐ力を高め、事業からのキャッシュフローを生み出して、企業価値を創造していくことにつながる。

戦略としての企業価値 目次

はじめに
第1回 戦略としての企業価値:いまこそ求められる思考とスキル

第Ⅰ部 企業価値のポイントを押さえる
第2回 経営をお金の流れで理解するPL&BS一体型思考
第3回 企業価値評価の基礎知識(1)フリーキャッシュフローと金利・割引
第4回 企業価値評価の基礎知識(2)DCF法とマルチプル法
第5回 企業価値の源泉は「成長」と「稼ぐ力」である

第Ⅱ部 企業価値を戦略に落とし込む
第6回 企業価値を生み出す戦略の全体構造
第7回 「成長」と「稼ぐ力」を追求する戦略をいかに策定するか
第8回 メガトレンドに乗って持続的に成長する
第9回 事業ポートフォリオを再構築する
第10回 M&Aと事業売却をどのように活用すべきか
第11回 ROICの視点で稼ぐ力を高める
第12回 機能スキルによって稼ぐ力を高める
第13回 デジタルとアナリティクスで稼ぐ力を高める

第Ⅲ部 企業価値と戦略を自己検診しながら進んでいく
第14回 セルフ・デューデリジェンスによる自己検診と経営改革(10/28公開)
第15回 企業価値と戦略の効果的なコミュニケーション(10/29公開)

補論
第16回 企業価値創造経営の実現に向けて乗り越えるべき3つの課題(11/1公開)

注:本連載における個別企業についての記載は、すべて公表されている情報のみに基づくものである。それらの記載は、当該企業の経営について何らかの評価を行おうとするものでもない。本連載における企業価値の算出などは、あくまで簡易な例示であって、その正確性を保証するものではなく、何らかの投資や売買などを推奨するものでもない。本連載における見解は、すべて筆者個人のものであり、筆者が所属あるいは関係する企業や機関や学校の見解や意見ではない。