第12回は、事業の「稼ぐ力」を高めるにあたって有力な手段になる機能スキルについて解説する。機能スキルについては第7回でも少し触れたが、マーケティング、サプライチェーン、購買・調達などのスキルであり、事業における効率性の向上などを実現する事業横断でのスキルである。日本企業は伝統的に「事業」があらゆる思考や仕組みの中心にあり、事業横断的な「機能」の強化に対しては興味や関心が低かった。そのような環境下で、機能スキルを高め、活用していくポイントは何か。

機能スキルの差で生じる利益の格差

 稼ぐ力を徹底して高めるために要となるものの一つが、機能スキルである。「ファンクショナル・スキル」とも呼ばれ、個別の事業そのものではなく、さまざまな事業に対して、その競争力を向上させる機能となるスキルである。マーケティング、サプライチェーン、購買・調達、ファイナンス、IT、デジタル・アンド・アナリティクスなどがある(図表12-1「機能スキルの一例」を参照)。

図表12-1 機能スキルの一例

 日本企業の経営者は、事業への関心の高さに比して、こうした事業横断での機能を強化する視点を必ずしも持ちきれていなかった。企業によっては、さしずめ、事業が太陽で、機能は月という雰囲気さえあったのではなかろうか。

 日本企業の経営者から、「グローバル企業と同じ事業を行っているのに、どうしてこうも利益水準が違うのか」というつぶやきを耳にする。実際、日本企業の利益水準はグローバル企業と比べて5~15%ほど低く、機能スキルの差がその要因の一つと考えられる(図表12-2「営業利益率の相違と機能スキル(製造業の場合)」を参照)。

図表12-2 営業利益率の相違と機能スキル(製造業の場合)

 欧米の先進的な企業は、市場の成熟が進み競争環境も熾烈になる中で、製品・サービスやそれに関連する事業スキルだけではなく、こうした事業横断での機能スキルこそが競争力の源泉になるとの認識のもと、その構築と展開に2000年代から懸命になって取り組んできている。

 たとえば、デュポン(DuPont)は2009年時点で、主力は化学事業であっても、技術だけではなくマーケティング・アンド・セールスが将来の業績を決するとして、「Three Growth Strategy as driven by Corporate Marketing & Sales」としてその重要性を打ち出している。

 そのうえで、そうしたマーケティング・アンド・セールスは熟練者の勘と経験と度胸によるものではなく、まさにサイエンスであると強調しているところが興味深い。 "Put Science to Work"と謳っているのである。サイエンスであれば、誰のもとでも再現可能性があるということである。

 こうした機能スキルは、熟練者の個人スキルとして構築されるのではなく、誰でもできるように組織的なスキルとして構築され展開されているのである。

機能スキルの本質を理解し活用する

 経営者にとっては、機能スキルの本質を理解して、それを稼ぐ力の向上に活用していくことになる。

 機能スキルの分野は多岐にわたるので、自社の戦略にとって重要な機能スキルの分野だけを優先的に構築していくとしても、経営者がその内容までを詳細に理解しきれるものではない。また、そもそも詳細に理解することは求められていない。

 経営者にとって、経営力とは質問力であるともいえる。事業における課題の理解や意思決定において、社内の機能スキルの専門家たちに対して「正しい質問」を投げかけられる力である。重箱の隅をつつくような質問ではなく、たまたま思いついただけの質問でもない、正しい質問によって、社内の機能スキルの専門家たちの頭脳や経験から、①ファクトベースによる状況の理解、②課題の特定および意思決定の選択肢の構築、そして③意思決定の判断材料を明確にしていくのである(図表12-3「経営者の経営力となる正しい質問」を参照)。

図表12-3 経営者の経営力となる正しい質問

 こうした正しい質問を社内の機能スキルの専門家に対して投げかけられるようになるためにも、これら機能スキルの本質については理解しておかなければならない。いくつかの機能スキルの分野について、その概要を見ていく。

 ●マーケティング・アンド・セールス

 ピーター・ドラッカーによれば、マーケティングの目的は、「販売を不必要にすることだ。マーケティングの目的は、顧客について十分に理解し、顧客に合った製品やサービスが自然に売れるようにすることなのだ」という。こうして売れるようになれば、成長だけでなく、稼ぐ力も高まっていくことになる。

 まず、マーケティングのうちのブランディングを例にとろう。

 ブランディングとは、企業からお客さまへの「ぶれない約束」である。エルメスのスカーフ、BMWの自動車、カルティエの宝飾品など、そうしたものには、消費者が必ず思い起こす品質や価値がある。こうした品質や価値からぶれないことで、消費者が欲したときには、自然とそれらを想起して購入することにつながるのである。自社の製品やサービスを見たときに、何がそうしたお客さまへのぶれない約束なのか、経営者は認識していくべきである。

 また、マーケティングのうちのプライシングを例にとろう。

 プライシングとは、企業からお客さまへの「公正な価格(フェアプライス)の提供」である。この公正な価格は、なにも製品やサービスそれ自体に対するものだけではない。プライシングは、販売時における顧客体験、お客さまへの配送、アフターサービス、それらすべてを視野に入れて行われるべきものである。

 そしてプライシングとは、原価に一定の利益を上乗せして行う原価積み上げ方式だけではない。原価積み上げ方式は、一定の利益を得ようとするものであるが、なぜその利益なのかの根拠が乏しく、それまでの長年の社内慣行であるとしか答えられない場合も多い。本来、もっと利益を得てよい場合もあるはずであり、稼ぐ力の向上につながるはずである。

 たとえば、売り手である企業の製品やサービスからお客さまが受ける追加的な価値を基準に、その価値を両者で分配する方式のプライシングである提供価値によるプライシング(バリュー・ベース・プライシング)が、公正な価格と考えられる。企業間のB2B取引であれば、顧客が受け取る追加的な価値を論理的に推計して、その追加的な価値の分配を議論する。こうして、公正な価格が売り手と買い手の両者の納得の基で形成されるのである。

 バリュー・ベース・プライシングから導かれる公正な価格は、往々にして、原価積み上げ方式による価格より高くなるが、それでもお客さまの納得は得られるはずである(図表12-4「バリュー・ベース・プライシングの概念」を参照)。

図表12-4 バリュー・ベース・プライシングの概念

 ●サプライチェーンマネジメント

 サプライチェーンマネジメントとは、「"Order-to-Delivery"の最適化」である。すなわち、自社の製品やサービスについて、お客さまの注文からお客さまに届くまでの時間とお客さまの経験を最適化するものである。その目的は、サプライチェーン全体にわたる透明性(見える化)の実現、顧客満足の向上、そしてトータルコストの削減によるコスト効率の向上である。

 このサプライチェーンは一般的に、需要予測→生産計画→購買・調達→生産→在庫→販売・輸送・配送→アフターサービスという流れをとる(図表12-5「サプライチェーン」を参照)。

図表12-5 サプライチェーン

 サプライチェーンマネジメントにおいて、日本企業では、「組織縦割り」の壁が立ちはだかる。計画部門、生産部門、営業部門、物流部門などが、それぞれの組織の間でのコミュニケーションが十分でないまま、必要な連携をとれずに全体最適ではなく個別最適で動いてしまうのである。

 たとえば、営業部門から需要予測部門へのフィードバックが行われない、あるいは形式的なフィードバックにとどまるため、最新の顧客情報などが需要予測に活かされないまま、需要予測が外れ続けるといったことが起こる。そうすると、その需要予測に基づいた生産計画が的外れなものになって、過剰生産あるいは過少生産になり、在庫マネジメントやお客さまへの販売に影響が出る。同時に、生産コスト、運転資本などに悪影響を及ぼしてしまう。

 また、生産計画部門、生産部門、購買・調達部門が分断しているため、原材料をその市況が最も好ましいタイミングで安価に調達しておくことができないといった問題も起こっている。生産部門からの原材料の社内発注において、類似した原材料や種類の異なるさまざまな原材料が工場ごとに発注されており、購買・調達部門はそれらの原材料について別々に購入手続きをしなくてはならず、ボリューム効果を取り切れない、という場合もある。

 さらには、物流部門が輸送・配送を担うものの、物流部門が事業部門や営業部門からいわば孤立した状態になっていることがある。そのため、お客さまの事情を考慮して顧客満足を満たしながらも、最適な輸送・配送手段、輸送・配送頻度、輸送・配送ルートを選択することができないまま、輸送・配送コストが嵩んでしまうという事態も発生している。

 サプライチェーンマネジメントによって、需要予測→生産計画→購買・調達→生産→在庫→販売・輸送・配送→アフターサービスという事業の流れを一気通貫で効率化していくことによって、これらの課題を克服し、稼ぐ力を飛躍的に高めていけるのである。

 ●購買・調達

 購買・調達は、「最適な仕様で最適な数量の品目をコスト効率よく調達する」ことが求められる。

 たとえば、このコスト効率よくという点について、サプライヤー間で価格競争をさせることによる単価の引き下げが行われてきている。これに対して、サプライヤー側も、その原価構成や利益水準の詳細を知られないよう、出精値引きなどと呼ばれる曖昧な理由で応じる慣行がある。

 本来は、機能スキルの一つとして、購買・調達品目の原価の積み上げを、サプライヤーにおける製造プロセス、サイクルタイム、一般管理費まで論理的に推計しながら行って、それをサプライヤーに提示し、双方が納得できるよう価格交渉を進めていければ理想である。

 原価積み上げの推計を示すことによって、サプライヤー側に反証責任が生じ説明責任の転換ができることで、買い手としても合理的な交渉ができるようになる。その結果として、双方の納得感も生まれ、サプライヤーの育成もできるのである(図表12-6「購買・調達」を参照)。

図表12-6 購買・調達

 機能スキルは、戦略に紐づく。戦略の自由度を向上させ、稼ぐ力を高めることによって、戦略の実行による事業からの十分なキャッシュフローの創出、そして企業価値の創造を担保していく。

 経営者がそれぞれの機能スキルの本質を理解しておき、社内の機能スキルの専門家に対して正しい質問を投げかけることによって、稼ぐ力における課題が特定される。それらが解決されることによって、事業の効率性がアップし、稼ぐ力が高まる。これによって、事業からのキャッシュフローが増加し、企業価値の創造が進むのである。

Case Study
資生堂における稼ぐ力への取り組み

 資生堂は、魚谷雅彦社長が就任してから、世界で勝てる日本発のグローバルビューティーカンパニーを目指して、2014年12月に「現実を直視し勝つことにこだわる資生堂へ」ということを標榜する「Shiseido VISION 2020」を公表した。そして、国内の競合企業のみならず、海外の競合企業との営業利益率などのベンチマークを実施して、根源的な課題を特定したうえで、あくなき構造改革として稼ぐ力の徹底した改善を打ち出した。

 まずは稼ぐ力を強化して、それを成長への布石とする考えであったと思われる。稼ぐ力によってキャッシュを生み出し、それをマーケティングやイノベーションに投資して成長を追求することができるからだ。

 営業利益率(2013年度)で見ると、国内競合メーカーが9.5~10.0%、海外競合メーカーが16.7~18.4%であったのに対して、資生堂は6.5%にとどまっていた。2006年以降、ほぼ最下位のまま推移してきたのである。このベンチマークの結果を踏まえて、2020年度の目標として、売上高1兆円、営業利益率10%超を打ち出した。

 あくなき構造改革としては、「マーケティングコスト」(販促物調達の効率化、投資対効果の精査)、「在庫/SCM」(需要予測・計画プロセスの見直し)、「原価」(取引先の新規発掘と連携強化、原価企画プロセスの改革)、「バックオフィスコスト」(地域単位でのシェアードサービス化、IT投資の見直し・最適化)を挙げており、機能スキルであるマーケティング、サプライチェーン、購買・調達の高度化が中心になっていたと考えられる。

 これらの取り組みによって、営業利益額の拡大と企業価値の向上を持続的成長として目指し、そのための経営効率の向上として、キャッシュフローとバランスシートのマネジメントの強化、フリーキャッシュフローやキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)の重視を謳った。CCCは、原材料や商品を仕入れてから販売して売上金が手元に入るまでの平均期間を表す。CCCの短縮はキャッシュフロー創出につながる。

 2014年度から2019年度までの営業利益および株式時価総額の推移は、大きな改善を見せている(図表12-7「資生堂の営業利益の推移」、図表12-8「資生堂の株式時価総額の推移(1999年4月2日の終値を基準)」を参照)。

図表12-7 資生堂の営業利益の推移


図表12-8 資生堂の株式時価総額の推移(1999年4月2日の終値を基準)

 その背景には、機能スキルの社内における向上、そして稼ぐ力の改善がうかがえる。たとえば、資生堂公表資料「SHISEIDO IS CHANGING」(2015年4月)によれば、コスト構造改革において、改善余地を部品レベルまで徹底的に見直し、国内外すべての現場が一丸となってコスト削減のアイデアを生み出して効果を実現している。

 それでは、資生堂において、なぜこのような機能スキルの活用ができたのであろうか。それは、課題の特定、目標の明確化、そのための取り組みの具体化がなされ、社員にわかりやすく共有されたためではなかろうか。

 資生堂公表資料「2018-20年度経営戦略・計画 世界で勝てる日本発のグローバルビューティーカンパニーへ」(2018年3月)では、生産性の向上(コスト削減)であれば、ベンチマークを踏まえて課題が特定され、3年間の累計で目標金額400億円に向かって、原価低減(製品仕様の最適化/集中購買)、サプライチェーンの効率化、システム統合・集約による生産性向上という取り組みが、稼ぐ力へのこだわりとして具体化されている。

 そして、こうした稼ぐ力の向上は、キャッシュフローの創出のためであり、企業価値の創造のためであることも明示されている。まさに、この公表資料では、生産性の向上のための機能スキルの活用という戦略によって稼ぐ力を高めることによって事業から生み出されるキャッシュフローを増やして企業価値を創造していくことが、一連の流れとしてとても理解しやすく明らかにされている。

 具体的には、企業価値最大化のために、マーケティング、イノベーション、人材・組織という機能を戦略において重視し、それによって2017~2020年累計で3,500億円超の営業キャッシュフローを創出するという。そこから優先順位として中長期的な成長に向けた重点領域へ3,000億円超の集中投資を行うことが掲げられている。

 その中では、ROICを2020年に12%超とすること(WACCは4%)、CCCを2017年の114日から2020年に100日以下へと改善することを、明確な目標として挙げている。さらに、CCCでは、おもに棚卸資産回転日数を195日から180日以下へと短縮すること、そのために製品在庫、原材料在庫、仕掛品在庫を、SKU削減、SKU別の効率管理の徹底、需要予測の精度の向上、調達・生産・供給のリードタイムの短縮などで実現するという戦略的な打ち手まで述べている。

 これら一連の戦略と成果は、投資家にとっても理解しやすく、これまでの業績改善の実績による裏打ちも加わって、納得できるものになっているといえよう。そして、資生堂はグローバルで勝っていくというVISION 2020の目標の先へと進んでいくように見える。

戦略としての企業価値 目次

はじめに
第1回 戦略としての企業価値:いまこそ求められる思考とスキル

第Ⅰ部 企業価値のポイントを押さえる
第2回 経営をお金の流れで理解するPL&BS一体型思考
第3回 企業価値評価の基礎知識(1)フリーキャッシュフローと金利・割引
第4回 企業価値評価の基礎知識(2)DCF法とマルチプル法
第5回 企業価値の源泉は「成長」と「稼ぐ力」である

第Ⅱ部 企業価値を戦略に落とし込む
第6回 企業価値を生み出す戦略の全体構造
第7回 「成長」と「稼ぐ力」を追求する戦略をいかに策定するか
第8回 メガトレンドに乗って持続的に成長する
第9回 事業ポートフォリオを再構築する
第10回 M&Aと事業売却をどのように活用すべきか
第11回 ROICの視点で稼ぐ力を高める
第12回 機能スキルによって稼ぐ力を高める
第13回 デジタルとアナリティクスで稼ぐ力を高める(10/27公開)

第Ⅲ部 企業価値と戦略を自己検診しながら進んでいく
第14回 セルフ・デューデリジェンスによる自己検診と経営改革(10/28公開)
第15回 企業価値と戦略の効果的なコミュニケーション(10/29公開)

補論
第16回 企業価値創造経営の実現に向けて乗り越えるべき3つの課題(11/1公開)

注:本連載における個別企業についての記載は、すべて公表されている情報のみに基づくものである。それらの記載は、当該企業の経営について何らかの評価を行おうとするものでもない。本連載における企業価値の算出などは、あくまで簡易な例示であって、その正確性を保証するものではなく、何らかの投資や売買などを推奨するものでもない。本連載における見解は、すべて筆者個人のものであり、筆者が所属あるいは関係する企業や機関や学校の見解や意見ではない。