企業価値とは、将来にわたって生み出されるフリーキャッシュフローの現時点での価値の総和である。企業価値評価の本論に入る前に、第3回ではフリーキャッシュフロー、および金利と割引の概念についても復習しておきたい。


 企業価値評価の基礎となる概念について復習していく。「フリーキャッシュフロー」の算出式については、まるで公式のように丸暗記している方も多いようだが、その意味するところを改めて確認しておきたい。

フリーキャッシュフローとは

 企業価値評価においてキャッシュフローと言えば、「フリーキャッシュフロー(FCF: Free Cash Flow)」を指す。

 フリーキャッシュフローは、事業を運営した結果として企業に残るキャッシュフローであり、企業の内部留保として保持しておいても、負債の提供者への利払いや元本の償還に使っても、あるいは株主への配当や自社株買いによる還元に使っても、いかようにもできる自由さがある。そして企業の内部留保も、最終的には株主に帰属するため、フリーキャッシュフローはそもそもの資金の出し手である株主と負債の提供者からなる投資家に帰属するものといえる。

 フリーキャッシュフローの定義は、しばしば無味乾燥に暗記するものと誤解されていて、多くの人が苦痛に感じているようだ。しかし、その意味するところを理解しておくことが大切である(図表3-1「フリーキャッシュフロー(FCF)の概念」、図表3-2「FCFの定義」を参照)。

図表3-1 フリーキャッシュフロー(FCF)の概念


図表3-2 FCFの定義

 フリーキャッシュフローは、「事業からのキャッシュフロー」から、「ゴーイングコンサーン(企業が将来にわたって存続する継続事業体)であるためのキャッシュフロー」を差し引いて求める。

・事業からのキャッシュフロー:事業を営んだ結果である営業利益をベースに、現金の支出を伴わない費用である減価償却費を足し戻したうえで、法人としての納税義務によって支払う税金を差し引いたものである。

・ゴーイングコンサーンであるためのキャッシュフロー:「運転資本(運転資金とも呼ばれる)の増減額」と「投資金額」である。運転資本は、企業の日々の資金繰りのために、あたかも企業が投資しているかのようなものであり、それゆえに運転「資本」と呼ばれる。この運転資本がなければ、企業は資金ショートによって倒産してしまう。なお、フリーキャッシュフローの算出において、注意してほしいのは、運転資本の「金額」自体ではなく、前期と比較した「増減額」を用いる点である。増加額および減少額が、今期のフリーキャッシュフローに影響するのである。投資金額はおもに、設備を新規で導入したり更新するため、あるいはM&Aのための資金投下を指す。これらの投資は、既存事業の維持や業容の拡大、あるいは新規事業の構築などによって企業が永続企業体として存続していくために必要である。

運転資本をさらに分解する

 運転資本は、次の3つの要素から求められる。

・原材料や商品の購入代金の支払い(買掛金):企業はサプライヤーから原材料や商品を仕入れて、その後の一定の期日に購入代金を支払う。

・在庫(棚卸資産):労務費などをかけて原材料から生産した製品や仕入れた商品を、顧客へ販売するまでの間、在庫として保管しておく。

・売上金の回収(売掛金):商品やサービスを顧客に販売して、その後の一定の期日に売上金を回収する。

 顧客に商品を販売してから代金が回収されるまでの期間、およびコストをかけて生産した商品を在庫として保管している期間には、企業としてその生産・保管・販売に既に現金をかけている。一方、サプライヤーから仕入れた原材料や商品の代金を支払うまでの期間は、いまだ仕入れに現金をかけていないことになる。このため、「売掛金+棚卸資産-買掛金」が運転資本としての現金の投資金額になる。

 この運転資本が前期より増加していれば「キャッシュ・アウト」、もし前期より減少していれば「キャッシュ・イン」である。こうして、運転資本の増減額が企業のフリーキャッシュフローに影響する(図表3-3「運転資本」を参照)。

図表3-3 運転資本

押さえておきたい「金利」と「割引」

 将来にわたって生み出されるフリーキャッシュフローの現時点での価値の総和が、企業価値である。この企業価値を算出するには、フリーキャッシュフローを現時点の価値に換算する必要がある。

 ここで押さえておきたいのが、「金利」と「割引(ディスカウントとも呼ばれる)」の概念である。

 金利とは、お金を持っている人が、第三者に貸し与えることによって得る対価である。その対価は、「時間を飛び越えることに対する対価」と「リスクに対する対価」という二つの要素から構成される(図表3-4「金利の概念」を参照)。

図表3-4 金利の概念

 まず「時間を飛び越えることに対する対価」とは、現時点でお金を使わないことに対する対価である。現時点でお金を使えば、レストランで美味しい食事をしたり、素敵な衣服を買ったり、海外に旅行したりできる。現時点でそのような便益を得ないことに対する対価であり、こうした機会費用(オポチュニティ・コスト)に対する対価といえる。

 ここでは、時間を飛び越えることだけを考えており、いっさいのリスクは考えない。したがって、時間を飛び越えることに対する対価に相当する部分の金利は「リスクフリーレート(Rf: Risk free rate)」と呼ばれる。この部分の金利は、世の中のあらゆる主体の中で信用力が最も高く通貨発行権までを持つ(OECD加盟諸国などの先進国の)国家が発行する国債の最終利回りに収斂すると考えることができる。

「リスクに対する対価」は、現時点でお金を使わずに、そのお金を誰かに貸し付けたり、あるいは投資したりすることによって抱える、将来の「不確実性」に対する対価を指す。こうした不確実性としては、貸し付けたお金が予定された期日に返済されない債務不履行、投資した株式の株価の大きな変動、などがある。

 株主は企業に株主資本として資金を提供し、銀行や社債権者などの負債の提供者は貸付金や社債として資金を提供する。これらの資金は、もちろんその見返りとしてのリターンを、時間を飛び越えることに対する対価とリスクに対する対価の合計として求めてくる。それらは、「株主資本の要求リターン」「負債の要求リターン」と呼ばれるものである。どちらも、提供した資金に対するリターンとして、この金利の概念によって表される。

 ●負債の要求リターン

 負債の要求リターンRD(Return on Debt)は、次のように定義される。

 負債の要求リターンRD = リスクフリーレートRf + クレジットスプレッド


「リスクフリーレート」が時間を飛び越えることに対する対価であり、「クレジットスプレッド」がリスクに対する対価である。

 負債の提供者は、あらかじめ決められた期日に資金が返済される安定性を重視する。そして、決められた期日に資金が返済されない債務不履行などの信用リスクに備えて、リスクフリーレートへの上乗せ分を求めるのである。この上乗せ分がクレジットスプレッドと呼ばれるもので、債務不履行がどれだけの確率で発生するかという倒産確率(PD: Probability of Default)と債務不履行の発生時にどれだけが回収できなくなるかという倒産時損失率(LGD: Loss given Default)によって規定される。

 たとえば、格付会社は企業の財務比率などをベースに、倒産確率や倒産時損失率の過去からの統計に基づいて、企業の信用度の格付けを行っている。

 実務においては、クレジットスプレッドは個々の企業ごとに社債の最終利回りと国債の最終利回りの差として観察される。これを社債の発行体である企業の格付けと紐づけることによって、クレジットスプレッドの水準を計測していくのである。また、銀行は独自に格付け(「内部格付け」と呼ばれる)を実施しており、その内部格付けと関連させて、貸出におけるクレジットスプレッドの水準を決めている。

 したがって、負債の要求リターンは、リスクフリーレートである国債の最終利回りに、借り手の信用度に基づくクレジットスプレッドを加算することによって求められる。なお、簡便法としては、下記の方法で推計できる。

負債の要求リターンRD = 支払利息 ÷ 有利子負債の期首・期末での平均金額


「支払利息」は損益計算書やキャッシュフロー計算書に計上されている。「有利子負債」は、貸借対照表に計上されている短期借入金、コマーシャルペーパー、長期借入金、社債などの合計金額である。年度を通じて変動するので、期首と期末の金額の平均値を使用する。

 ●株主資本の要求リターン

 株主資本の要求リターンRE(Return on Equity)は、次のように定義される。

株主資本の要求リターンRE = リスクフリーレートRf + リスクプレミアム


「リスクフリーレート」が時間を飛び越えることに対する対価であり、「リスクプレミアム」がリスクに対する対価である。

 ここで、株主資本、すなわち株主からすれば株式であるが、それが抱えるリスクに対する対価であるリスクプレミアムはどのように考えていけばよいのであろうか。株主はおもに成長性を重視しており、企業の業績の変動、ひいては株式時価総額や株価の変動などをリスクとして負う。こうしたリスクの大きさとそれに対する対価の大きさをどのように考えていくかがポイントになる。

 リスクの大きさを測るには、モノサシが必要である。そのモノサシとして活用されるのが、株式市場全体を表すマーケット・インデックスの変動の大きさである。

 日本であれば東京証券取引所のTOPIX、アメリカであればS&P500、イギリスであればFT100、ドイツであればDAX30などの変動の大きさである。株式市場全体は、どの個別の株式にとっても、共通して比較の対象にできるものである。そして、株式市場全体を表すマーケット・インデックスの変動の大きさをモノサシとして使って、株主資本の要求リターンは、次のように改めて定義される。

RE = リスクフリーレートRf + β×マーケット・リスクプレミアム

 
 前式のリスクプレミアムがβ×マーケット・リスクプレミアムに置き換わっている。

 この式は、ファイナンスにおける「資本資産価格モデル(CAPM: Capital Asset Pricing Model)理論」に基づいている。略して「キャップ・エム」と呼ばれ、しばしば難解なものと誤解されるが、その発想は金利と同一である。すなわち、時間を飛び越えることに対する対価(リスクフリーレート)と株式市場全体の変動の大きさをモノサシとして計測されるリスクに対する対価(β×マーケット・リスクプレミアム)で構成されているだけなのである。

 すなわち、CAPM理論では、個別株式のリスクの大きさは当該株式の株式時価総額の変動の大きさと株式市場全体を表すマーケット・インデックスの変動の大きさを比較して計測され、図表3-5「CAPM理論によるベータ(β)の定義」の通り、次の回帰分析における「ベータ(β)」の推定値として求められる。

図表3-5 CAPM理論によるベータ(β)の定義

 回帰分析 Y = α + βX + ε

 
 Xは株式市場全体のリスクの観測値であり、マーケット・インデックスの値の日次や週次での変化率であるリターンRM(Return on Market)から、国債の最終利回りであるリスクフリーレートRfを差し引いて求められるリスクプレミアム(RM - Rf)である。

 Yは個別株式のリスクの観測値であり、当該株式の株式時価総額の日次や週次での変化率であるリターンRi(Return on individual stock)から国債の最終利回りであるリスクフリーレートRfを差し引いて求められるリスクプレミアム(Ri - Rf)である。

 それぞれから国債の最終利回りであるリスクフリーレートRfを差し引くのは、マーケット・インデックスや個別株式のリターンから「時間を飛び越えることに対する対価」を取り除き「リスクに対する対価」の部分のみを取り出すためである。

 この回帰分析から得られるβの推定値は、株式市場全体のリスクと個別株式のリスクの関連性を表している。

 個別株式のリスクは、次のように解釈できる。

・β=1であれば株式市場全体と同じ水準のリスク

・β<1であれば株式市場全体よりリスクが小さい(株式時価総額の変動がマーケット・インデックスの変動より小さい)

・β>1であれば株式市場全体よりリスクが大きい(株式時価総額の変動がマーケット・インデックスの変動より大きい)

 一般に、平時であれば、βが小さい業種は景気の変動などに左右されにくく、食品・飲料、電力・ガス、鉄道などがある。βが大きい業種は景気の変動や市場の動向に影響を受けやすく、ハイテク、金融、ITなどがある。

 ここで、株式市場全体の「リスクに対する対価」の大きさであるマーケット・リスクプレミアム、すなわちβ=1におけるマーケット・リスクプレミアムは、リスクフリーレートとマーケット・インデックスのリターンの差分として統計的に求められる。

 日本では、リスクフリーレートを10年物国債の最終利回りとし、マーケット・インデックスのリターンをTOPIXのリターンとして、これらリターンの差として求められる。そして、これまでの長期的な観測の結果から、実務では、マーケット・リスクプレミアムは5~6%とされることが多いようである。

 さて、企業は、株主資本と負債によって資金を調達する。したがって、企業の資金調達における投資家からの要求リターンは、これまで見てきた負債の要求リターンRDおよび株主資本の要求リターンREの加重平均値として定義される(図表3-6「加重平均資本コスト」を参照)。これが「加重平均資本コスト(WACC: Weighted Average Cost of Capital)」で、しばしば「WACC(ワック)」と略称される。

図表3-6 加重平均資本コスト

 ここで、「株主資本の総額E」や「有利子負債の総額D」は、株主や負債の提供者が企業に提供している現時点での実質的な金額であり、すなわち現時点での時価である。したがって、「株主資本の総額E」は、貸借対照表における自己資本金額ではなく株式市場における株式時価総額となる。「有利子負債の総額D」については、負債は簿価と時価に相違がないという前提のもとで、貸借対照表における有利子負債の簿価が用いられる。

 なお、有利子負債には節税効果がある。すなわち、支払利息によって税引前当期利益が減少するので、税引前当期利益に対して課される税金の金額も減少する。この節税効果を考慮するために、Tを実効税率として、RDに対して(1-T)を掛けることによって、有利子負債の節税効果後の実質的な金利(1-T)RDとしているのである。

戦略としての企業価値 目次

はじめに
第1回 戦略としての企業価値:いまこそ求められる思考とスキル

第Ⅰ部 企業価値のポイントを押さえる
第2回 経営をお金の流れで理解するPL&BS一体型思考
第3回 企業価値評価の基礎知識(1)フリーキャッシュフローと金利・割引
第4回 企業価値評価の基礎知識(2)DCF法とマルチプル法(10/14公開)
第5回 企業価値の源泉は「成長」と「稼ぐ力」である(10/15公開)

第Ⅱ部 企業価値を戦略に落とし込む
第6回 企業価値を生み出す戦略の全体構造(10/18公開)
第7回 「成長」と「稼ぐ力」を追求する戦略をいかに策定するか(10/19公開)
第8回 メガトレンドに乗って持続的に成長する(10/20公開)
第9回 事業ポートフォリオを再構築する(10/21公開)
第10回 M&Aと事業売却をどのように活用すべきか(10/22公開)
第11回 ROICの視点で稼ぐ力を高める(10/25公開)
第12回 機能スキルによって稼ぐ力を高める(10/26公開)
第13回 デジタルとアナリティクスで稼ぐ力を高める(10/27公開)

第Ⅲ部 企業価値と戦略を自己検診しながら進んでいく
第14回 セルフ・デューデリジェンスによる自己検診と経営改革(10/28公開)
第15回 企業価値と戦略の効果的なコミュニケーション(10/29公開)

補論
第16回 企業価値創造経営の実現に向けて乗り越えるべき3つの課題(11/1公開)

注:本連載における個別企業についての記載は、すべて公表されている情報のみに基づくものである。それらの記載は、当該企業の経営について何らかの評価を行おうとするものでもない。本連載における企業価値の算出などは、あくまで簡易な例示であって、その正確性を保証するものではなく、何らかの投資や売買などを推奨するものでもない。本連載における見解は、すべて筆者個人のものであり、筆者が所属あるいは関係する企業や機関や学校の見解や意見ではない。