(1)倫理的な枠組みと倫理上の優先順位をはっきりさせる

 ワクチンポリシーを確立する際の指針として、まず「責任のピラミッド」をはっきりさせた。そのピラミッドの頂点に位置するのが患者と家族であり、それに続くのが職員、そしてピラミッドの土台を成すのがヒューストンの地域コミュニティだ。

 この枠組みは、新型コロナウイルス・ワクチンに関する研究を科学的かつ倫理的に検討することを通じて確立したものだ。私たちはこの枠組みから出発し、医療に関する「与益原則」(医療措置は患者に利益を与える意図を持って実践されなくてはならない)と「無危害原則」(医療措置は患者やほかの人に害を及ぼしてはならない)という2つの原則に従い、ヒューストン・メソジストとして守るべき責任を定めた。

 私たちはワクチンポリシーを検討するに当たり、この2つの原則に基づき、自分たちの責任下にある人すべての健康と安全を最優先にしたいと考えた。その際、特に重視したのは、避けられる害を防ぐことだった。

 このアプローチの下、私たちはヒューストン・メソジスト傘下の病院にやって来る患者たちが安全な環境で医療を受けることを期待していて、そのような扱いを受ける権利があると考えた。また、ヒューストン・メソジストの職員も、避けることのできる害を防ぐために手を打ってくれる職場で働く権利がある。

 その一方で、私たちはヒューストン・メソジストで働く人たちにワクチン接種を義務付けた場合、ヒューストンの地域コミュニティでワクチン不足を引き起こす心配はないかという点も検討した。

 ヒューストン・メソジストは、テキサス州政府から新型コロナウイルス・ワクチンの拠点病院に指定されている。そのような立場にあるため、私たちは大量のワクチンを入手できた。しかし、その立場ゆえに、地域コミュニティ全体に平等にワクチンが行き渡るようにする責任も負っていた。

 ワクチンに関する配分的正義を守るためには、地域コミュニティでワクチン不足を引き起こす恐れがないと言えるまで、職員へのワクチン接種の義務化は行うべきでない。そこでヒューストン・メソジストは、倫理上の考慮により、ワクチンの供給が安定するまで従業員への接種義務付けに踏み切ることを避けていた。

 最後に、私たちはワクチン接種を義務付けることと、職員の自律権の関係も検討した。人は誰しも、他人の干渉を受けずに、自分のことを自分で決める権利を持っているからだ。だが、与益原則と無危害原則の考え方に基づいて考えると、個人の行動がほかの人に害を及ぼす場合までは自律権が認められない。

 その点、新型コロナウイルス感染症により人が死亡すれば、もはや取り返しがつかない。また、院内感染(入院から48時間以内、退院から3日以内、あるいは手術から30日以内に起きる)を最小限に抑えることは極めて重要な課題であり、これも医療機関が担うべき責任だ。

 以上の点を考慮した結果、職員にワクチン接種を義務付けることは、職員が患者や同僚やヒューストンの地域コミュニティに害を及ぼさないようにするための最善の方法だという結論に達した。この方針を確立する際には、職員に関する秘密の保持、そして「比例原則」(必要以上に厳しい措置は採用すべきでないという原則)についてもさらに検討した。