第2回は、企業経営の全体像をお金の流れという観点からとらえ、企業価値の概念を導いていく。企業は、株主や銀行などから資金を調達し、それを資本として事業に投資して(貸借対照表「BS」の資本、負債、資産の部にそれぞれ記録される)、その事業を運営することによって利益を生み出していく(損益計算書「PL」において年度単位の損益として記録される)。
企業経営におけるお金の流れを意識したPL&BS一体型思考のもと、事業から利益などのかたちで生み出されるキャッシュフローに基づいて企業価値の評価が行われる。このディスカウントキャッシュフロー法と呼ばれる企業価値評価の枠組みを理解しておくことが、「投資家である経営者」が用いる共通言語の習得につながる。

貸借対照表と損益計算書

 企業は、株主あるいは銀行や社債権者という負債の提供者から資金を調達し、その資金を資本として投資することによって事業を構築する。そして、その事業を運営することによって、利益などのかたちでキャッシュ(現金)を生み出していく。このようにして、企業が将来にわたって生み出していく一連のキャッシュ(「キャッシュフロー」と呼ばれる)の現時点での価値の総和として企業価値を創造していくのである(図表2-1「企業経営におけるお金の流れ」を参照)。

図表2-1 企業経営におけるお金の流れ

 このことを理解するためには、会計の基礎的な知識も必要になるので、確認しておくことにしよう。

 企業の活動を、一定の規則や基準に従って記録していくのが会計である。企業の状態をストックの視点から記録する貸借対照表(BS; Balance Sheet)、企業の収益・費用・利益を年度単位のフローの視点から記録する損益計算書(PL; Profit & Loss Statement)、そして実際のキャッシュの動きを年度単位で記録するキャッシュフロー計算書(Cashflow Statement)という、いわゆる財務三表にまとめられる。

 ●貸借対照表

 右側に企業による資金調達が記録される。株主からの株式による資金調達をおもに記録する「資本の部」と、銀行や社債権者などからの債務による資金調達をおもに記録する「負債の部」から構成される。貸借対照表の左側は「資産の部」と呼ばれ、企業による事業用資産などへの投資である資金運用をおもに記録するものである。

 貸借対照表の右側の「負債の部」および「資本の部」の合計金額と、左側の「資産の部」の金額が一致するように記録されていくので、貸借対照表は「バランスシート」と呼ばれる。

 なお、貸借対照表では、今後1年間を超えて保有されるものを「固定」、1年間以下の保有でしかないものを「流動」と呼び、固定資産・流動資産、固定負債・流動負債という区分もある。

 流動資産および流動負債は日々の事業の運営に関連する項目が中心で、これから回収されていく顧客への販売代金である「売掛金」、在庫である「棚卸資産」、サプライヤーへの支払いのうち後払い分である「買掛金」や、短期の「借入金」などが含まれる。企業が保有する「現金」も、流動資産に区分される。

 また、伝統的に、貸借対照表の右側は「貸方」と呼ばれ、左側は「借方」と呼ばれることがある。この呼称は、まさに投資家の視点を反映している。投資家から調達した資金を計上する貸借対照表の右側は投資家による貸方なのであり、その資金を事業のための投資した資産を計上する貸借対照表の左側は企業による借方なのである。

 ●損益計算書

 当該年度の「売上高」から始まる。そして、製品やサービスの製造原価や仕入れ原価などの「売上原価」、製品やサービスの販売活動に必要な「販売費」、事業の管理などに必要な「一般管理費」、設備・備品などの経年での価値の減少を認識する「減価償却費」などの費用を計上する。

 売上高からこれらの費用を差し引くと、事業を営むことから得られた損益を表す「営業損益」になる。ここに、受取利息・受取配当金・支払利息など事業以外から影響をおよぼす「営業外損益」を加えると「経常損益」になり、さらに当該年度の一過性の損益である「特別損益」を加えると「税引前当期損益」になる。最後に、税金である法人税等を控除することによって、企業としての当該年度の最終的な損益である「当期損益」となる。

 なお、当期損益から役員賞与や配当金などの利益金処分後の当期未処分利益が貸借対照表の資本の部にある利益剰余金に加算され、損益計算書と貸借対照表がつながっていく。

 これらの貸借対照表および損益計算書における記録は、会計原則や会計基準に従ってなされる。そして、おもに企業活動の発生に従った記録を求められ、企業活動の結果である現金の出入りに従って記録されるわけではない。そのため、実際の現金の出入りは、キャッシュフロー計算書に営業活動、投資活動、財務活動に区分して記録され、最終的には前期末から今期末までの現金の増減が明らかにされる。

 なお、企業活動の発生時点で収益や費用を計上する会計原則を「発生主義」、現金の入出金時点で収益や費用を計上する会計原則を「現金主義」と呼ぶ。

経営をお金の流れで読む

 この会計の基礎的な知識を踏まえて、もう一度、企業経営におけるお金の流れを見てみよう。

 資金調達は、株主からの株主資本、あるいは銀行や社債権者などからの負債というかたちでなされる。これらは、それぞれ、貸借対照表の右側にある「資本の部」と「負債の部」に計上される。

 こうして調達した資金を、企業の経営者は、工場建屋、機械設備、研究所、営業拠点、店舗などの「有形固定資産」、特許権、商標権、営業権、ソフトウェア等の「無形固定資産」として投資を行い、事業を運営する。これら資産は、貸借対照表の左側にある「資産の部」に計上される。なお、本連載の中で説明していくが、企業が調達した資金は、事業における日々の資金繰りを支える「運転資本」としても投資される。

 そして、事業からは、利益などのかたちでキャッシュが生み出される。企業が手にすることができる事業から生み出されるキャッシュの金額は、損益計算書における「売上高」から「売上原価」と「販売費」および「一般管理費」を差し引いた後の事業からの利益である「営業利益」に、現金の支出を伴わない費用である「減価償却費」を足し戻したうえで、税金を控除した金額がベースとなる。

 そして、このように事業から生み出されるキャッシュについて、ある年度だけではなく、将来にわたる各年度のキャッシュの流列として概念化したものが「キャッシュフロー」と呼ばれる。

 この将来にわたるキャッシュフローを現時点での価値に換算したものの総和が「企業価値」と呼ばれる。なお、第3回で説明するが、正確にはここでいうキャッシュフローではなく、運転資本の増減や投資金額の調整も行った後の「フリーキャッシュフロー」と呼ばれるものが企業価値につながっていく。

 読者のみなさんは、このように、貸借対照表(BS)と損益計算書(PL)を一気通貫で見ることができているだろうか。

 株主や負債の提供者から調達した「資金」を「資本」として事業に投資することによって、「有形固定資産」や「無形固定資産」という事業用資産を構築し、それらの事業用資産で構成される事業を運営することによって利益などのかたちで「キャッシュフロー」を生み出す。そのキャッシュフローの現時点での価値の総和として、「企業価値」が創造されるのである。

PL&BS一体型思考への転換

 企業の経営者は、この「資金の調達→資本としての事業への投資(「投下資本」と呼ぶ)→事業の運営→事業からのキャッシュフローの創出→企業価値の創造」という流れを踏まえて、社内外に向けて経営を語っていく必要がある。

・その事業に、どれだけの資本を投下しているか?
・その事業から、どれだけの利益やキャッシュフローを創出しているか?
・その事業の投下資本とその事業から創出される利益やキャッシュフローは十分に見合っているか?

 言い換えると、投資家から託された資金を、事業によって運用することで、どのぐらいのキャッシュフローを創出すればよいか、ということである。これを検討するには、PL&BS一体で考えていかなければならない(図表2-2「PL&BS一体型思考」を参照)。

図表2-2 PL&BS一体型思考

 それでは、一体どれだけの利益やキャッシュフローを事業から生み出せば、企業の経営者は合格点をもらえるであろうか。

 結論を言えば、その事業への投下資本から、そもそもの資金の出し手である投資家が求めるリターンを上回る水準の利益を生み出してキャッシュフローを創出していく必要がある。すなわち、詳細は以下で説明していくが、投資家からの資金調達にかかる加重平均資本コスト(WACC: Weighted Average Cost of Capital)を上回る投下資本利益率(ROIC: Return on Invested Capital)を達成するような水準の利益を事業から生み出しキャッシュフローを創出していく必要がある。

投資家との共通言語を体得する

 私たちが日ごろ考えを伝えあい議論しあう際には、日本語や英語などの言語を使う。そこには、意味を持つ「単語」があり、その単語を並べて内容を伝える「文法」がある。企業経営の全体像を語るうえで、こうした自然言語における単語に当たるものがファイナンスの概念であり、文法に当たるものがファイナンスの理論なのである。

 多くのビジネスパーソンにとって馴染み深い会計に対し、ファイナンスはとかく財務部門や投資銀行および投資ファンドといった専門家のツールだとして遠ざけられがちであった。しかし、企業の経営をお金の流れによって理解し、そして企業の経営を実践するうえでは、会計だけでなくファイナンスの理解が欠かせない。

 会計とファイナンスで大きく異なるのは、それぞれが対象とする時間軸である。会計は「過去」("backward-looking")の会計年度の業績を会計原則や会計基準といった一定のルールに基づいて財務諸表として報告する。その業績自体も、各国で異なる会計基準や、たとえば減価償却における定額法や定率法といった会計処理方法の選択によって異なるものになる。そのため、会計は過去の業績に関する「見解」の報告にすぎないといわれることがある。

 これに対して、ファイナンスは、「将来」("forward-looking")に向かって、企業の経営をキャッシュフローで議論するものである(図表2-3「会計とファイナンスのちがい」を参照)。キャッシュフローは会計基準や会計処理方法によって金額が異なる、ということがなく、それゆえにファイナンスは「現実」を議論できるツールとされる。

図表2-3 会計とファイナンスのちがい

 そして、ファイナンスにおいては、企業でも、株式でも、債券でも、デリバティブでも、あるいは不動産でも、あらゆる資産の価値は、それが将来にわたって生み出すキャッシュフローを現時点の価値に換算したものの総和である。したがって、キャッシュフローを議論することは、その事業や企業の「価値」を議論することにもつながる(図表2-4「ファイナンスの視点からの資産の価値」を参照)。

図表2-4 ファイナンスの視点からの資産の価値

従来のキャッシュフロー経営の先へ

 また、従来から言われてきた「キャッシュフロー経営」は、会計基準や会計処理方法による曇りを拭い去り、企業業績の真実をキャッシュフローによって理解しようとするものであった。そのため、財務諸表のひとつとして、1999年度から「キャッシュフロー計算書」が追加されたりした。それでも、キャッシュフローの動きに注目するところにとどまり、企業が価値を創造しているかまでを議論するものではなかった。

 この従来の「キャッシュフロー経営」に対して、いま求められているのは「企業価値創造型経営」である。それは、キャッシュフローによって単に企業の業績の真実を見るだけにとどまらず、企業として価値の創造を目指すものである。そして、この企業価値創造型経営を理解するには、ファイナンスの中でも、コーポレートファイナンスという分野におけるディスカウントキャッシュフロー(DCF: Discounted Cash Flow)法という企業価値評価の手法を共通言語として理解しておかなければならない。

戦略としての企業価値 目次

はじめに
第1回 戦略としての企業価値:いまこそ求められる思考とスキル

第Ⅰ部 企業価値のポイントを押さえる
第2回 経営をお金の流れで理解するPL&BS一体型思考
第3回 企業価値評価の基礎知識(1)フリーキャッシュフローと金利・割引(10/13公開)
第4回 企業価値評価の基礎知識(2)DCF法とマルチプル法(10/14公開)
第5回 企業価値の源泉は「成長」と「稼ぐ力」である(10/15公開)

第Ⅱ部 企業価値を戦略に落とし込む
第6回 企業価値を生み出す戦略の全体構造(10/18公開)
第7回 「成長」と「稼ぐ力」を追求する戦略をいかに策定するか(10/19公開)
第8回 メガトレンドに乗って持続的に成長する(10/20公開)
第9回 事業ポートフォリオを再構築する(10/21公開)
第10回 M&Aと事業売却をどのように活用すべきか(10/22公開)
第11回 ROICの視点で稼ぐ力を高める(10/25公開)
第12回 機能スキルによって稼ぐ力を高める(10/26公開)
第13回 デジタルとアナリティクスで稼ぐ力を高める(10/27公開)

第Ⅲ部 企業価値と戦略を自己検診しながら進んでいく
第14回 セルフ・デューデリジェンスによる自己検診と経営改革(10/28公開)
第15回 企業価値と戦略の効果的なコミュニケーション(10/29公開)

補論
第16回 企業価値創造経営の実現に向けて乗り越えるべき3つの課題(11/1公開)

注:本連載における個別企業についての記載は、すべて公表されている情報のみに基づくものである。それらの記載は、当該企業の経営について何らかの評価を行おうとするものでもない。本連載における企業価値の算出などは、あくまで簡易な例示であって、その正確性を保証するものではなく、何らかの投資や売買などを推奨するものでもない。本連載における見解は、すべて筆者個人のものであり、筆者が所属あるいは関係する企業や機関や学校の見解や意見ではない。