未来はデータを起点につながる社会となる。N対N連携が未来の創造を加速化する

西上 COVID-19に限らず、国のプロジェクトとして産官学が連携して大きな社会的課題への対応を図るケースは今後も増えてくると思いますが、こうした国家レベルのプロジェクトを進めていくうえで、重要な点は何でしょうか。

澤田 これまでの産官学連携プロジェクトは、どちらかというとアカデミア主導、あるいは行政主導だったので、ニーズ・ドリブンというよりはシーズあるいはテック・ドリブンになっていました。ですから、ビジネスとしての持続可能性がどうしても弱い面があったと認識しています。今年6月に閣議決定された新成長戦略実行計画では、医薬品産業の成長戦力として、東京圏と関西圏にバイオ関連の人材や資金などのリソースを世界から引きつける「グローバル・バイオコミュニティ」の形成が明記されました。

 まだ基本方針、基本計画を検討している段階ですが、私たち関西経済界としては(*)、関西のグローバル・バイオコミュニティは社会課題を中心テーマとして据えて、そのテーマの下で産が主導し、社会課題を解決するためのアイデアを出してくれるベンチャーや研究者などを世界から求めるプロジェクトにしていきたいと考えて動かし始めました。

*澤田氏は関西経済連合会のベンチャー・エコシステム委員会委員長を務める。
 

西上 社会課題解決起点にイノベーションを起こった事例は多く存在しますが、社会課題の選定とそこからの具体的なテーマ設定が肝だと思っています。今回は具体的にはどんなテーマ設定を検討しているのですか。

澤田 地球温暖化です。具体的なテーマは、それに関わる食と農業、医療・医薬の3つほどを検討しています。

西上 そうしたテーマ設定だと1企業、あるいは1つの産業の枠を超えたエコシステム形成が必要となってくると思いますが、そのような大きなビジョンについて、民間企業側の共感や意識共有は広がっているのでしょうか。

澤田 そうですね、企業側もエコシステムを機能させなければいけないという認識は高まっていると思います。

 ただ、認識にはやや偏りがあって、企業の上層部ではそうした認識を持つ人が増えています。また、現場の若手でも異業種やアカデミア、ベンチャーなどと一緒にいろいろやってみたいと動き始めている人が多いのですが、その動きが組織の途中で止まってしまうことがよくあります。そこをどうクリアするかが、多くの企業にとって共通の課題です。ですから、関西のバイオコミュニティについては、経営トップが「ぜひやりましょう」と言ってくださる企業を主管にして、3つのテーマに取り組んでいきたいと思っています。

西上 新しい未来を積極的につくっていこうとする産業間・企業間での温度差、1企業内での温度差もありますね。現状に対する圧倒的な危機感、または、未来を創造したいと思う渇望感のある企業・個人が多く出てくることを期待したいところです。年齢で区別することは適切ではないかもしれませんが、現状に囚われることなく未来に夢を描く若い人たちの起業に刺激を受けることも多いと思っています。企業の中でも若手は外の人たちと一緒にいろいろやってみたいと動き出しているというお話でしたが、一方で、若い人たちが新しいことにチャレンジしないという話をよく聞きます。

澤田 私の感覚では、本当にやりたいことをやっている若者が増えています。ただ、全体から見れば圧倒的に少数派なので、もっと増えてほしいと思います。

本間 ベンチャーなどの設立から日の浅い、規模の小さい企業では、確かにやりたいことにチャレンジしている若い人が多いように思いますが、影響力のある大規模な企業になるほど若い人でも保守的な印象です。そこをどう活性化していくかは、企業にとって大きなテーマですね。

本間 政人デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ライフサイエンス&ヘルスケア シニアマネジャー

京都府立医科大学を卒業後、初期臨床研修を経て、医系技官として厚生労働省に勤務。その後、現職において、医療・健康分野の行政動向を踏まえた戦略策定や行政への働きかけ方針策定に関するプロジェクトを中心に支援。

澤田 縦割りがきつい組織ほど、チャレンジが難しい面はあるでしょうね。私は医薬品開発や経営戦略、産学連携など社内外で横断的に動かないといけないポジションが長かったので、横連携しながら新しいことに取り組めたと言う点で恵まれていたと思います。

 横連携しながら動くポジションだと、個々人の役割を正確にこなすことより、新しい視点を取り入れて結果を出すことが求められます。縦組織の人たちに対して横から連携を仕掛けるときには、連携することでウィンウィンの関係になれるのだからぜひやりましょうという議論を常にしなくてはならないし、相手組織の内情をよく理解して、相手側の視点で考えることも必要です。相手を動かすためには、この視点が欠かせませんね。

澤田 横連携しようとすると、嫌でも視野を広げざるを得なくなります。一方で、ずっと縦組織にいると、同じバックグラウンドの人たちと、あうんの呼吸で話が通ってしまうので、視野を広げる必要がないし、戦略的な議論を重ねる機会もない。外の世界にいる人たちと一緒に、何か新しいことを始めようという気にはなりにくいと思います。

林 美甫デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ライフサイエンス&ヘルスケア マネジャー

グローバル製薬企業に対し、海外展開戦略の策定・実行支援、機能強化、組織設計等、幅広いテーマにおいて国内外のプロジェクトを手掛ける。ライフサイエンス分野における政策策定の支援に関わる案件も実施。

西上 今後さまざまな社会課題を解決していくためには、企業提携を含めてN対Nの横連携を進めていくケイパビリティや組織文化が、ますます求められます。次世代医薬品として注目される特殊ペプチド医薬品の合成技術を集約し、低コストで安定生産するために設立されたペプチスターも、社会課題解決に向けた横連携の代表的な事例ですね。

澤田 おっしゃる通り、複数企業による横の連携は今後ますます重要になると思います。ペプチスターは、塩野義製薬、ペプチドリーム、積水化学の3社で創業し、その後、十数社が加わりましたが、当初から世界トップクラスのペプチド製造会社を創ろうというビジョンに賛同してくださっている会社は10社以上ありました。

 ただ、最初から船頭が多すぎると船が前に進まないので、まずは3社でコーポレートガバナンスの体制などをすべて決めて、その後に参画していただくということで合意を得ていました。

西上 出発時点でビジョンを共有できていたことが、成功の要因というわけですね。御社の社内でも、意思決定はスムーズに進んだのですか。

澤田 やりたいことがはっきりしていれば、企業連携の話を社内に持ちこんでも、手代木(功社長)をはじめとする役員から反対されることはまずないですね。

西上 エコシステム形成によって社会課題の解決に取り組む組織文化が御社には根付いているということですね。やはり視座の高い、明確な志のもとには大きな変化が起こると思います。

 ヘルスケア分野は解決すべき課題が多岐にわたり、すべてを簡単には解決できないと思いますが、さまざまなステークホルダーがそれぞれの強みを発揮して、未来を創造してくれることを期待します。