ビジネスパーソンはもちろん、学生や研究者からも好評を博し、9.5万部を突破した入山章栄氏の著書『世界標準の経営理論』。本書は、約30の経営理論を網羅しており、これらの理論はビジネスの「思考の軸」として活用できる。内容は章ごとに完結しており、いつ、どこから読んでも良い。ビジネスに関わる全ての人が、辞書のように利用できるのが特徴だ。
入山氏がこの『世界標準の経営理論』の執筆過程で感じたのが、世界の経営学とはまた異なる、日本の経営学独自の豊かさやおもしろさであった。本連載では、入山氏が日本で活躍する経営学者と対談し、それぞれの研究やアイデア、視点を交換することで生まれる化学反応を楽しむ。
第2回では、人的資源管理論(HRM)と組織行動論(OB)が専門の服部泰宏氏に登場いただく。前編では、服部氏のこれまでの「採用」から、最新の「スター社員」の研究まで語り合った。後編では、服部氏の研究手法やスタイルなど、経営学者としての姿に迫る。(構成:加藤年男)

海外で勝負する上で、日本の特殊性をどう捉えるか

入山:前編では、服部先生の最新の研究内容である「スター社員」の研究について、お話を伺いました。お話を伺っていて思ったのが、スター社員に関しても、企業における人の行動・心理やそのメカニズムそのものを探究するOB(Organizational Behavior:組織行動論)と個人の行動・心理を支える仕組みに注目するHRM(Human Resource Management:人的資源管理論)全体に関しても、日本企業の状況はやはり特殊なようですね。

 日本企業の特殊な人事システムでまわっている会社でデータを取り分析をして、一応の結果は出た。けれども、その結果が海外とは全然違うという場合、服部先生はそれをどう捉え、どう評価しようとされますか。

服部 泰宏(はっとり・やすひろ)
神戸大学大学院経営学研究科 准教授
2009年、同大学院後期課程修了。同年、滋賀大学経済学部専任講師、2011年、同准教授。2013年、横浜国立大学大学院国際社会科学研究院准教授。2018年より現職。International Journal of Cross Cultural Managementなどに論文を発表している。著書に『採用学』(新潮選書、2016年、日本の人事部「HRアワード2016」書籍部門最優秀賞受賞)、『日本企業の採用革新』(共著、中央経済社、2018年、2020年日本労務学会賞(学術賞)受賞)、『組織行動―組織の中の人間行動を探る』(共著、有斐閣、2019年、日本の人事部「HRアワード2019」書籍部門入賞)などがある。

服部:そこがなかなか難しくて。「日本は特殊だよ」と言うと、その研究は海外で勝負できなくなってしまう。そこで最近、日本的なものをうまく変数化して、海外の人たちに「程度の差はあるけど、それならうちの国にもあるよね」と理解される部分に狙いを定めて、研究する戦略を取っています。

入山:これは素晴らしい。若手の日本人の研究者の参考になりますね。
服部先生はピュアに研究をしつつ、実務とのインタラクションも大事にされている。日本は学者の自由度が高いので、ひたすら海外ジャーナルに論文を載せることを狙う研究者もいれば、国内ジャーナルに絞っている人もいる。論文は一切書かず、実務のほうに目を向けている人もいる。本当にいろいろなパターンがあります。服部先生はどのような研究スタイルなのでしょうか。

服部:「Bレベルでいいから、海外ジャーナルへの投稿も実務家向けの発信も、両方やろう」です(笑)。前編でお話した論文は、一応Quarter1(上位4分の1)に入る海外ジャーナルに掲載されました。しかし、トップジャーナルではありません。世界の経営学でも最高峰に位置づけられるSMJ(『ストラテジック・マネジメント・ジャーナル』)のようなジャーナルは、私には距離が遠いという感覚があるんです。

 そこでAランクを目指すよりはBランク。イメージとしてはQ1ぐらいのジャーナル掲載を目指し、かつビジネスパーソンにも語っていくことが自分の能力だと自己認識しているからかもしれません。

 話すことは好きだし、研究も嫌いではないけれど、どちらかを突き抜けてやるよりも、むしろ全方位にしたほうが、私のパーソナリティーに合うと思っています。

入山:そのあたりのバランスは常に難しいですよね。でも、服部先生は全方位とおっしゃっていますが、どの方面に向けても、研究テーマは一貫していますよね。そこが素晴らしいと思います。

 私は服部先生と違っていて、個人的な興味でやっている研究と、講演会などビジネスパーソンに向けて発信するテーマとでは、扱うことがまったく違っています。学術研究の方では、例えば少し前はインド企業の賄賂の研究をしていて、海外のトップジャーナルにも論文が載ったのですが、でも実務をやっている企業は誰も興味を示さない(笑)。一時期はベンチャーキャピタルの国際化の研究もして業績を出していましたが、それもよほど縁があるところしか興味を持ってくれませんでした。

 一方で、企業向けの講演では、イノベーションだの、ダイバーシティ経営だの、DXの話をしているわけです。このように、個人的にはアカデミックな研究は、自分の興味関心を追求するだけだと割り切っているところがあります。

服部:私と入山先生、同じ経営学者でも研究のやり方に違いがあるのは、研究領域の違いも背景にあるのかもしれません。

 私はテーマの選択は、いわゆる現実的に刺さりそうなものを選んでいるところもあります。それは、OB・HR領域では、データが取れるかどうかも、重要な能力の一つになっているからです。刺さるというのは、聞いてくれる人が多いということで、刺さらないと企業から研究に必要なデータをもらえないし、一緒に研究をやろうと言ってもらえない。

 例えばいま、邪馬台国を見つけたいと言っても、おそらく誰もデータをくれません。けれども、スター社員だと、日本企業が課題に感じているテーマですから喜んでデータを提供してもらえます。

 昔は、ピュアに論文だけ書いていればいいと思っていたのですが、それだけではできない研究があることに気が付きました。意識的にさまざまなメディアに出たり、実務家向けに書籍を書いたりすることが、研究に還流する場合も多いのです。

入山:戦略論はアメリカのデータならCOMPSTATやBloomberg、日本なら日経新聞や東洋経済のデータベースのようなものが売られているので、研究費さえあればそこから簡単にデータを入手して、それらを組み合わせて使うことができます。一方で、服部先生が必要とする人事データは簡単に入手できない。人事評価の変遷のように、データの種類によっては何年も追いかけて待たなければいけないですよね。同じ経営学ですが、服部先生の分野の研究はかなり大変ですね。