自分の時間を主観的に管理するために続く旅

 主観的時間に関する研究から私が得た主要な結論は、時間管理はもはや私の味方ではなく、時に敵でもあったということだ。私に必要だったのは、客観的時間における効率を過剰に重視することではなく、時間の包括的な体験をより主観的に捉えることだった。

 私は時間管理の利点を失うことなく、主観というレンズを通して客観的時間を捉えることを試みた。仕事を1時間ごとに固定されたスケジュールではなく、意味のある一連のイベントだと考えるようになった。そして、「自分の目標や価値観に照らし合わせて、このタスクはどこに適合するか」と自問することで、すべての仕事において効率よりも意味を追求した。

 こうした考え方の変化により、完璧に効率的なスケジュールを求めることをやめ、より充実した仕事を追求するようになった。

 当然ながら、仕事のスケジュールはすぐには変わらなかった。教授という立場でスケジュールをかなりコントロールできたので教訓を活かすことはできたが、出版物の締め切り、長期の研究プロジェクト、講義のスケジュール、学部長の就任依頼など、やるべきことがいくつもあった。

 私生活では、家族もいて、慢性疾患の治療のために何度も医師のところに通わなければならなかった。しかし、そうしたイベントに対する私の認識と解釈は変わった。予定外の時間や体系化されていない活動は、仕事における創造性の源であり、自分をリフレッシュさせ、この仕事を選んだ理由を思い出させてくれるものだと考えるようになった。

 効率的ではないスケジュール(少なくとも客観的に見て)を組むことで、仕事や家庭での達成感やエネルギーが増すことにも気がついた。医師の予約も無駄な時間ではなく、PCから離れる機会だと思うようなった。そして、数カ月のうちに再び仕事や人生に喜びを感じ、健康状態も改善に向かった。

 現代社会において、時間は限られた資源であり、浪費するのではなく管理すべきものであるという考えが受け入れられやすい。たしかに、時間をより効率的に管理するためのさまざまな方法は、規律や体系がいっそう必要となる場合には欠かせない。

 しかし、人によっては時間管理が真の有効性や生産性の妨げになる。時間管理は私の健康に悪影響を及ぼしたかもしれないが、時間を主観的に体験することで、立ち直るプロセスをスタートすることができた。


"My Fixation on Time Management Almost Broke Me," HBR.org, June 08, 2021.