(2)無意識の力を十分に活用していない

 集中することだけが、物事を成し遂げる方法ではない。実は、無意識も問題解決に効果を発揮する。

 筆者は散歩に出かけるとマインドワンダリング、いわば「心ここにあらず」の状態になる。マインドフルに歩くことを目的にはしていない。むしろ何かに考えを集中させるのではなく、思考がさまようのに任せている。そうしていると、気づけばいつも仕事のことを考えているのだが、不快ではない。魔法のように問題解決策が浮かんだり、優先すべきことがあっさりと明確になったりするのだ。

 それがわかっていても、仕事がある日の早朝(筆者の住んでいる地域の気温が高くなる前)に散歩ができることは、なかなかない。面白いのは、仕事の前に散歩をすると、帰宅後にやらなければならない仕事への不安が忍び寄ることだ。だからといって、問題解決や優先事項に関する洞察を得ることが妨げられることはない。どちらも同時に起こりうる。

 無意識に心がさまようマインドワンダリングは、問題解決や創造的思考のツールとして、意識の集中と同じくらい価値がある。マインドワンダリングを活用すると「常に気を散らすことなく、集中した状態を維持する」という、そもそも無理な期待で自分にプレッシャーをかけすぎることなく、重要なことを成し遂げられる。

 心に余裕がないと感じている人は、仕事以外の時間に仕事のことを考えないように、音楽やポッドキャストなどを聴いて時間を過ごすことがある。だが、その行動は、マインドワンダリングが持つ潜在的な生産能力の一部を奪っている可能性がある。

 どのような行動を取っている時に、自然にマインドワンダリングの状態になり、自分の問題解決に役立っているかを見極める。筆者の場合は、使い走りをしている時(運転中)、運動中、シャワーを浴びている時、太陽の下でくつろいでいる時などがこれにあたる。

(3)気持ちの余裕がなくなることを弱みと解釈する

 多くの場合、心に余裕がなくなるのは、単に自分がよく知らないタスクを行わなければならなかったり、タスクの重要度が高いためにうまくやり遂げたいと思ったりする時だ。それ自体は、必ずしも問題ではない。そのように追い込まれた状態であっても、タスクをやり遂げられることがほとんどだ。

 ところが人は、精神的な余裕がないというまさにその事実に関して、自己批判的になることがある。「この程度のことで、余裕をなくすべきではない。そこまで難しいことではない。自分はストレスを感じることなく、こなせるはずだ」と考えてしまう。

 そして自己批判的になると、タスクを先延ばしにしがちになる。なぜなら、タスクが心の余裕を奪うきっかけになるだけでなく、そのような感情を持つことへの恥や不安を生じさせるからだ。

 こうした恥や不安に、別の反応の仕方をする人もいる。タスクによりいっそうの完璧主義で取り組んだり、誰かに秘訣や助言を求めるのをためらったりする。大切なのは、自己批判をやめ、自分を思いやるセルフトークに切り換えることだ。これに関しては、以前の論考で具体的な方法を提示しているので、参考にされたい。