書籍『世界標準の経営理論』著者の入山章栄氏がその執筆過程で感じたのが、世界の経営学とはまた異なる、日本の経営学独自の豊かさやおもしろさであった。日本の経営学には日本企業の強みに根差した知見や、独自の視点が数多くあるのではないか――。そんな思いを胸に入山氏が日本で活躍する経営学者と対談し、それぞれの研究やアイデア、視点を交換することで生まれる化学反応を楽しむ新連載がスタートする。

第1回は、ものづくり研究の第一人者として世界的にも業績のある藤本隆宏氏。長く在籍した東京大学を離れ、2021年から早稲田大学ビジネススクールで入山氏の同僚となっている。後編では、日本企業の現在地、そして今後どのように世界で勝負していくべきかを、入山氏が藤本氏に伺った(構成:田中裕子、写真:鈴木愛子)。

これからのものづくりは「サイバーフィジカル」

入山:前編では、「自動車は簡単にはパソコン化しない」という刺激的な視点をいただきました。後編では、より広義の、ものづくりの未来の話を伺いたいです。ものづくりもデジタル化が進むと思いますが、藤本先生はこの点いかがお考えですか。

藤本 隆宏(ふじもと・たかひろ)
早稲田大学 大学院経営管理研究科(ビジネススクール) 教授
1979年東京大学経済学部卒。三菱総合研究所、ハーバード大学博士課程を経て、1990年~2021年東京大学経済学部助教授・教授・ものづくり経営研究センター長。専門は技術・生産管理、進化経済学。日経図書文化賞、組織学会高宮賞、新郷賞、日本学士院賞・恩賜賞、日本建築学会著作賞等。主な著書に『製品開発力』(ダイヤモンド社)、『生産システムの進化論』(有斐閣)、『生産マネジメント入門』(日本経済新聞出版)、『日本のもの造り哲学』(日本経済新聞出版)、『能力構築競争』(中央公論新社)、『現場から見上げる企業戦略論』(KADOKAWA)。

藤本:いまの世の中には、物理法則が働いている、「重さのある世界(フィジカル界)」がある一方、ICT(情報通信技術)の世界のように電子と論理で動く「重さの無い世界(サイバー界)」があります。

 物理法則から自由で、ロジックで動くソフトウェアやデジタル機器は、アーキテクチャ的には、部品やソフトの結合ルールが公開されているオープン・モジュラー型になりやすい。特に、デジタル情報空間で完結する世界はそうです。調整力が強くインテグラル型製品が得意な日本の企業・産業も、調整節約的なオープン・モジュラーの戦いは苦手で、この10年間、日本がアメリカのプラットフォーム盟主企業に負け続けてきた領域です。

 こうしてものづくりの戦略論を考えるうえで、私が提唱している「上空」「低空」「地上」の3層構造があります。

 すなわち、(1)「プラットフォーム盟主企業」が牛耳っている、ICTやデジタル財の「上空」、(2)重さのあるものを設計・開発する、FA(ものづくりの現場)の「地上」。そして(3)2010年代に出現した、両者をつなぐインターフェイス層の「低空」です。

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出所:藤本隆宏『現場から見上げる企業戦略論』KADOKAWA、2017年。

 まず、この3つの層の中ではフィジカルな、つまり現場現物の「地上」での製品対製品の戦いは日本の優良企業が得意とするところで、現在も堅調です。

入山:良いものを作ってシェアを獲っていくプロダクト競争では、まだ勝負できているということですね。

藤本:ええ。しかし一方で「上空」の制空権は、完全にとられてしまいました。いわゆるGAFAが暴れ回った場所ですが、惜しかったのはプラットフォーマの元祖とも言える任天堂とソニー。この2社はメガプラットフォーマーとなるポテンシャルがありましたが、彼らは真面目な日本企業なので、「うちはゲーム屋だからゲーム一筋でがんばります」と、自社の領域を限定してしまったんですね。GAFAのように「うちは本屋です」「うちは検索屋です」と言いながら「上空」に侵入し、その後で、なんでも売る企業やなんでもつなぐ企業に化ける、ということは無かったのです。

入山:なるほど(笑)。

藤本:そうしているうちに、アメリカのプラットフォーム盟主企業が「ユーザーにとって、他の多くの人が同じ製品・サービスを使うほど、自身もそれを使う効果が高まる」というネットワーク外部性をテコに勝負を仕掛け、独り勝ちの状況に持ち込んだ。世界は企業や個人を結びつけるマッチングビジネスで回るようになり、メガプラットフォーマーがそのマッチングデータを独占した。その間、日本の「上空」での存在感はほぼ皆無だったわけです。

入山 章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院 経営管理研究科(ビジネススクール) 教授
慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。 三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)がある。

入山:まさにそこが伺いたいところです。おっしゃるとおり、日本はこの第1回サイバー戦で完膚なきまでに敗北しました。しかし、2回戦に入るいまは「低空」、具体的に言うと「サイバーフィジカル」の時代ですよね。IoTに代表されるように、フィジカル(現場現物)から情報を取り、サイバー上で処理し、またフィジカルに返していく時代になるはずです。

 すなわち、この第2回戦で勝負するためには、そもそもフィジカル部分が優れている必要があります。現に、DMG森精機やコマツといったフィジカルで信頼を得ている日本のものづくり企業は、デジタルをうまく取り入れながら、この分野で勝ち始めていると認識しています。今後、「地上戦」が得意な日本企業が「低空」部分でも勝てる可能性も十分にありえると思うのですが、いかがでしょうか。

藤本:それには100パーセント同意です。2020年代に本格化するサイバーフィジカル界での「低空戦」こそ、日本のものづくり戦略の鍵となるはずです。

 日本の「上空」、特に人口規模が効くB2Cでの劣勢はおそらくこのまま変わりませんが、かといってアメリカのサイバー企業が万能なわけでもありません。たとえば、Uberはネットワーク外部性で成長した企業ですが、配車サービスではアジアで全敗していると言っていい。それは、十分なローカル知識を持っていなかったからです。この「ディープなローカル知識・アセット知識」の必要性は、サイバーフィジカルの世界で増していくでしょう。

 一方、たとえば東芝TECのPOS端末はじめ、B2Bでは、フィジカルなコントロールの精度や信頼性によって高い市場シェアを持つ日本企業も少なくない。こうした企業がサイバーフィジカルシステムを構築し、現場や現物(商品)から得た有用な情報をお客さんと共有していけば勝機はあるはずです。

入山:なるほど。お客さんを勝たせることで、自分たちも勝っていく。東芝TECのPOSは私も注目しています。