「仕事に人を振る」を実践する

 「仕事に人を振る」方法は、TOC(Theory of Constraints: 制約理論)をベースにしたものだ。TOCとは、イスラエル人の物理学者エリヤフ・ゴールドラット博士によって70年代後半に開発され、現在もなお進化を続けるマネジメントの方法論である。氏の著作『ザ・ゴール』を知っている方も多いだろう。

朝稲啓太(あさいね・けいた)
ジュントスコンサルティング 代表取締役
ジュントス 代表取締役、九州工業大学 客員准教授。1982年、福岡生まれ。九州工業大学で博士(情報工学)取得。在学中、TOCなどのプロジェクトマネジメントに関する分析・研究に従事。その後、父親の経営する橋梁設計、施工、メンテナンスを行う、ジュントスに入社し、橋梁設計部門、営業部門などに従事しつつ、企業内コンサルタントとしてTOC(CCPM)導入を推進する。2007年からはTOCロジスティクスソリューションのクライアント企業への導入支援に携わる。また、2008年から2011年まで、TOCの創始者である故ゴールドラット博士が設立した国際教育機関「ゴールドラットスクール」のメンバーに選ばれ、TOCの普及啓蒙、コンサルタントの育成を行う。その後、TOCPAの創設メンバーの1人として、TOCPA School Japanの講師を務める。

 TOCでは組織(システム)のパフォーマンスレベルを左右する、ごく少数の「Constraints(制約)」にマネジメントの注意を集中させることで、組織全体の最適化を実現する。

 筆者の1人である朝稲は、学生時代からプロジェクトマネジメントを専攻し、TOCに傾倒した。父親が経営していた株式会社ジュントスの橋梁設計部門や施工部門にTOCを導入し、業績が厳しい中で残業が増えるという悪循環を断ち切り、生産性を高めつつ、労働時間を削減し、業績向上に成功した。これを契機にコンサルティング事業を始め、ヤマハ発動機といった大手メーカーからシステム開発会社、学習塾に至るまで、これまで50を超えるクライアントにTOCをベースにした「仕事に人を振る」方法を導入・トレーニングしてきた。

 では、「仕事に人を振る」とは具体的にどのようなことか。また、それがどのように予定外の仕事をマネジメントし、忙しさを軽減することにつながるのか。二つの事例とともに紹介しよう。

 CASE1 全教研:やるべき仕事に集中する

 福岡市に拠点を置く全教研は、幼児教育から大学受験対策まで行い、個別指導を含めると70の教室を展開する、九州における大手塾である。

 全教研は、新型コロナウイルス感染症の影響を受け、各教室の採算を確保するのが課題であった。ただし、教室の現場が多忙であるのはいうまでもなく、職員の忙しさを緩和して、生産性を向上することで今まで以上に生徒・保護者にかける時間を増やし、顧客満足度をどう高めるかについて、筆者らとともに考えることとなった。

 全教研はもともと、福岡の県立学校の教師が中心となって、学習指導の私的な研究機関として組織された設立の経緯がある。そのため、単なる受験対策塾ではなく、「才能開発講座」として、科学の興味やプログラミング、読む力などを伸ばす多種多様なカリキュラムを教室ごとに展開してきた。

 塾側は当初、この「カリキュラムの多さ」が仕事量を増やし、忙しさの原因であると仮説を立てていた。ゆえにカリキュラム数を減らせば、仕事量が減って忙しくなくなるだろうと経営陣は考え実行に移そうとしていた。

 しかし実際に調査をしてみると、そうではなかった。実は詳細に分析をすると、制約条件は、「カリキュラムの多さ」ではなく、「職員のマルチタスク」にあることがわかった。本来、職員とりわけ講師が行うべきは授業の実施であり、生徒への個別フォローである。だが、突発的な外部からの問い合わせや補習対応、授業以外の事務的な業務や授業時間にもかかってくる電話等の対応にも時間がとられていた。

 つまり、「予定外の仕事」が多く発生していたわけである。

 そこでまず、職員のマルチタスクを緩和することにした。具体的には、平日の勤務時間を三つのゾーンに分け、それぞれの時間の業務内容を決め、集中して取り組めるようにしたのだ。学生がいない昼間の時間帯をゾーン1、小学生がいる夕方の時間帯をゾーン2、そして小・中学生が通う夜の時間帯をゾーン3とした。

 授業以外の仕事は、学生のいないゾーン1の時間で集中して行うことにした。毎月の行事予定の作成、募集関係や宣伝ビラの作成、その他事務的な業務などはその時間帯で一気に行う。社内の電話連絡もゾーン1のみとした。ここで終わらない場合は、翌日に持ち越すのである。

 ゾーン2とゾーン3の時間帯は、生徒がいる時間帯である。各教室の講師は、授業と生徒対応に集中することにした。授業で講師が出払うゾーン2と3では、電話の問い合わせは、各教室で受けるのではなく、電話転送を行って、地域ブロック全体で担うことにした。これによって、講師は授業や質問対応など、目の前にいる生徒のために全力を尽くすことができるようになった。

 これまでは、「手が空いた人が突発的な業務の対応をする」というように、人を軸に仕事を振っていた。しかし、「この時間はこの仕事をする」という仕事を主に捉え、そこに人を振っていくという方法にシフトしたのだ。

 すると、塾経営において重要指標である退塾人数が目に見えて減った。具体的には、本施策をテスト導入した5教室において、導入後6カ月と前年の同時期とを比較し、導入前に比べて退塾率は45%低減し、職員の時間外も4割以上、削減できた。ただし、人を増やしたり、仕事量を減らしたりしたわけではない。

 さらに恩恵はそれだけではなかった。生徒がいる時間に、講師が生徒と向き合う時間が今まで以上に増えたからだ。また、授業以外の仕事を職員皆で集中して行うようになり、それぞれのノウハウが共有されたり、講師同士のコミュニケーションも円滑に進むようになったりした。

 講師にとってもプラスに作用した。生徒への目配りをさらにできるようになり、授業前後の生徒からの質問などにもじっくり向き合う余裕も生まれた。もともと生徒の成長を望みこの仕事を選んでいるため、もっともやりたいことに集中でき、講師の士気が向上した。

 三つのゾーンに分ける働き方の導入時には、保護者から悪い反応が来るのではないかとの、懸念も上がっていた。たとえば、問い合わせに対応する時間が限られたり、子どもの通う教室以外に転送されてしまったりすることへ不満が出るのではないかと、講師は気が気でなかった。だが、保護者へのアンケート結果から、約96%が「問題ない」と回答していた(なお出欠連絡などについては双方向型のコミュニケーションツールを活用する仕組みがすでに入っている)。

 繰り返すが、この事例では人を増やしたわけでも、仕事の量を減らしたわけでもない。「仕事に人を振る」という原則を導入しただけである。具体的には、講師個々人が、1日中マルチタスクで働くことをやめ、仕事を軸に時間を区切って、ブロックの責任者が今やるべき仕事を整理し、仕事に職員を割り当て、集中して仕事を行う環境をつくった。

 その結果、残業を減らし生徒対応する時間を今まで以上に増やすことで、退塾者を減らし、生産性を高めることができたのだ。全教研では、さらにこのノウハウを他の教室に広げているところである。