顧客の声に耳を傾ける

 顧客にじっくり向き合うという作業は、「ビッグデータ」に投資することほど、斬新だったり、胸躍らされたりはしないかもしれない。しかし、この手法はこれまで手堅い成功を収めてきた。トヨタ自動車の歴史を振り返れば、それがよくわかる。

 トヨタが米国市場向けの高級車の開発に乗り出した時、同社のチームは日本のオフィスで知恵を絞って「完璧なデザイン」をひねり出そうとはしなかった。自社の既存の車種に関する既存顧客のデータをひっくり返して、正解を見つけようともしなかった。

 トヨタは、デザイナーとマネジャーをカリフォルニアに派遣して、ターゲットとする顧客層(高所得層の米国人男性)を観察し、そうした人たちへの聞き取り調査を行わせた。それを通じて、そうした顧客層がどのような自動車を欲しがっているのかを把握することが狙いだった。

 こうした調査によって得た知識と、トヨタの文句なしのエンジニアリング面の強みが合わさって、まったく新しい方向性が切り開かれた。米国市場に向けて高級車を送り出すことに成功したのだ。それが「レクサス」である。顧客の声に耳を傾けることは、いまではトヨタの企業文化にしっかり根づいている。

 そうした企業文化は、アドビにも共通している。同社は、「顧客の声を聞く文化」を標榜し、そのための有益なガイドラインをつくっている。

 アドビでプロダクト・マネジャーの職に就いているエレーン・チャオは、その文化を次のように表現している。「最初のステップは聞くことです。顧客が何をしたいかに目を向けています。顧客がどうやってそれを成し遂げたいと思っているかは、必ずしも重きを置きません」

 あなたの持っているデータが「精密に不正確」でないのなら、最新のコンピュータを駆使して顧客の購買パターンを検討することに問題はない。しかし、その場合もビッグデータの限界を頭に入れておく必要がある。

 データは過去を映し出すもので、しかも固定的なものでしかない。具体的に言うと、顧客の嗜好や状況はデータが取られた時点から変わっている可能性が高く、(コンピュータ・モデルとはそういうものだが)調べたいと思ったこと以外の思いがけない発見は与えてくれないのだ。

 真のインサイトは、他者の視点で世界を見ることによって得られる。そうした視点に立つためには、顧客と本格的に向き合い、顧客の声に耳を傾けることが避けて通れない。


HBR.org原文:Data Is Great - But It's Not a Replacement for Talking to Customers, March 5, 2021.