データの落とし穴

 数値データの落とし穴について理解するために、長年にわたってデータばかりを見ていた企業の事例を紹介しよう。

 キースは、ある大口個人顧客向けの資産運用会社でCEOを務めている。キースの会社は顧客の投資を手伝うために、さまざまな金融商品を提供したり、投資ポートフォリオの築き方を示したり、ファイナンシャル・プランニングに関する助言をしたり、不動産投資の機会を用意したりしている。

 この会社も同業のライバル企業と同じように、自社のビジネスの状況を描き出すデータを集める狙いで、顧客のアンケート調査を行っていた。しかし、キースと幹部チームの面々は、その種のデータを細かく分析しても戦略立案に役立つインサイトを得られないことに気づいた。

 そこで、同社は別の道を進むことにした。実際に顧客の声に耳を傾けることにしたのだ。そのために、顧客に対する聞き取り調査をいくつも行った。その際、顧客がもっぱら話し、会社側はもっぱら聞き役に回るように、面談を設計した。この調査で明らかになったことに、キースと幹部チームの面々は衝撃を受けた。

 まず、それまで集めていたアンケートデータがまったく無意味なものだったとわかった。

 アンケートの質問項目は、会社側が顧客の関心事だと思っていることについて尋ねるものだった。顧客が本当に言いたいことを引き出すようにはできていなかったのだ。その結果、顧客のニーズを映し出さないデータが集まってしまっていた。顧客への聞き取り調査で見えてきた顧客の関心事と、会社側が顧客の関心事だと考えていたことの間は、50%しか一致していなかった。

 これは、キースの会社だけの現象ではない。研究によれば、ビッグデータは「精密に不正確」な場合が多い。デロイトの調査は、次のように指摘している。「回答者の3分の2以上は、自分に関する第三者のデータは0~50%しか正確でないと答えている。0~25%しか正確でないと答えた人も3分の1に上った」

 それに輪をかけて、キースの会社の場合、顧客が抱いているニーズの重要性の度合いも正確に把握できていなかった。

 たとえば、年配の顧客は「テクノロジー」(具体的にはデジタルツールやオンラインツールのこと)をそれほど重視していないと、同社では見なしていた。しかし、聞き取り調査を行うと、年配の顧客自身はテクノロジーを活発に用いていなくても、テクノロジーのことを気にしている人が多かった。アシスタントがテクノロジーを活用していたり、最新鋭のテクノロジーを備えていることが最先端のビジネスの条件だと考えていたりしたからだ。

 キースと幹部チームの面々が驚かされたことはほかにもあった。それは、それほど大勢の顧客の話を聞かなくても、真のインサイトを十分に得られるということだった。「18~20人くらいに話を聞けば、重要なフィードバックはあらかた引き出すことができました。もっとたくさんの人に聴取しなくてはならないと思い込んでいました」と、キースは述べている。

 これは、「飽和」と呼ばれる現象だ。ある程度の件数の聞き取り調査を行えば、それ以上の新しい情報が得られなくなるので、そこで調査を打ち切りにしても問題ないのだ。