給与を実際に決めるもの

 これら3つの誤った通念は、給与額を実際に決定づける一連の組織のダイナミクスに対する理解を妨げる。すなわち権力、慣性、模倣、公平性の4つだ。これらは、組織の収益のある部分に対してさまざまな関係者が自分の果たした役割を主張する中で、影響力を及ぼす。

 まず、賃金や給与の決定には権力の行使が伴い、過去や時には現在も続く権力闘争の結果が反映される。権力は、取り分をめぐる組織内の対立を収める力を持つ。このため、組織の慣性が拡大することが多い。過去の権力闘争の結果、特定の仕事に対する給与や賃金が正当化され、交渉の余地が制限されるからだ。

 組織の慣性は、ある職種が一定の金額を稼ぐのは当然だと考える時、顕著に現れる。「プログラム開発者がデザイナーよりも多く稼ぐのは当たり前だ」という具合だ。

 単に競合他社の賃金や給与に合わせる模倣は、雇用者にとって従業員の給与を設定するプロセスを簡素化できると同時に、中核にある公平性への懸念を軽減する。特定の労働市場の相場を支払うことで、提示された給与では不公平だと労働者が主張するのを防ぐことにつながる。

 しかし、賃金の基準は労働者によって異なり、雇用者は「公正な取り分」を受け取っていないと不満を持つ従業員を常に警戒しなければならない。その結果、士気を失った従業員の生産性が低下する可能性があるからだ。

 雇用者が公平性に関する不満を回避する確実な方法は、そもそも労働者が同僚の収入を知ることができないようにすることだ。筆者が行った調査によれば、従業員の約半数が同僚の給与について話題にすることを推奨されていない、あるいは完全に禁止されている。

 このような組織のダイナミクスを明らかにすることで、賃金や給与を決定する際に働く、中核的な影響力を理解することができる。

 もちろん、個人のパフォーマンスもある程度は重要だ。もし筆者が整形外科のユニットに入り込み、医師になりすましたとすれば、必要なスキルを持っていないためにパフォーマンスはひどく、給与はすぐにゼロになるだろう。しかし、採用に必要な研修を受けたとすれば、筆者のスキルは給与を左右する数多くの要素のうちの一つになる可能性はある。

 やっかいなのは、ここ数十年の間にこれらのダイナミクスが経済を再構築し、多数を犠牲にして少数が利するようになっていることだ。また、給与と個人のパフォーマンスに関する誤った通念が、かつてないレベルの不平等を正当化している。

 億万長者が手にするすべてが「稼いだもの」であるとすれば、何百万人もの勤勉な米国人の給与が低い、あるいは低迷しているのは、彼らのパフォーマンスが不十分であることを示していることになる。

 こうした不平等を是正しようとする試みが極めて不十分だったために、「賃金や給与は、組織に対する個人の貢献度に相当するもの」と見なすことを基本にした(そして「誤った」とも言うべきだ)給与設定モデルに依拠してきた。もし給与額が個人の貢献度を反映するのであれば、給与を上げたり下げたりする取り組みは市場の働きを歪めることになる。

 幸いなことに、もし給与があらかじめ決められたものではなく、杓子定規にパフォーマンスを反映したものでもないとすれば、「平均的な労働者の給与が停滞し、上位者の給与は上昇し続ける」という、現在の経済で拡大している不平等が逆転する別の世界を想像することができる。

 公正な経済の実現には、3つの大きな変化が必要だ。賃金の下限を上げること、中間層を拡大すること、そして上限を下げることだ。

 下限を上げるには、生活できるだけの最低賃金が不可欠だが、連邦政府が定める現在の最低賃金は7.25ドルで、これでは生活ができない。

 中間層の拡大とは、平均的な労働者に力を与える重要な組織、すなわち労働組合を復活させることだ。そのためには、労働組合を弾圧する道具に化している米国の労働法を見直す必要がある。

 上限を下げるというのは、特権階級への過剰な報酬の抑制を意味する。そのためにはまず、キャピタルゲインの税率を含めて最高税率を引き上げなければならない。

 まとめると、こうした措置は、すべての勤勉な米国人のために経済を機能させるにはどうすべきか、という問いに対する明快な答えを示している。それは彼らの給与を増やすことである。彼らはそれに値するのだ。


HBR.org原文:You're Not Paid Based on Your Performance, February 23, 2021.