誤った通念には、具体的に以下の3つがある。

(1)自分のパフォーマンスと他者の貢献を完全に分離することができる

 組織に対する個人の貢献度に応じて報酬を支払うには、あなたが何に貢献したかを正確に測定する必要がある。訪問販売員のような一部の職種の場合、それは比較的簡単だ。しかし、それ以外の職種ではそうはいかない。私たちの仕事は、職場に対する自分自身の貢献と他者の努力とが絡み合っているからだ。

 組織に対する個人の貢献を切り離すことは、この数十年で規模が拡大したホワイトカラーの職業では特に難しい。彼らはチームで仕事を進めるのが前提になっているからだ。ジャーナリストのデレク・トンプソンが指摘するように、「ホワイトカラーほど、プロダクトが目に見えない」。

 ホワイトカラーの職業は現在、全米に何百万も存在する。企業コンサルタント、マーケター、そしてあらゆる種類のミドルマネジャーがこれに含まれる。そうした職種のそれぞれについて、個人のパフォーマンスを定量的に評価するのは不可能だ。それは、私たちが適切な尺度を発見していないからではなく、そのような尺度はそもそも存在しないからだ。

(2)仕事には客観的で合意に基づいたパフォーマンスの定義がある

 警察教師ジャーナリストなどの職業で論争が続いていることからもわかるように、中核的なミッションについてすべての人が合意する仕事は稀だ。明確なミッションを特定できなければ、よいパフォーマンスあるいは悪いパフォーマンスを定義することはできない。

 筆者が属している学術界を例に挙げよう。テキサスA&M大学は2010年、教職員の費用対効果の測定に着手した。その結果、担当する講義に出席する学生数と獲得した助成金の額という2つの変数から教授をランク付けするアルゴリズムを導き出した。

 しかし、革新的な研究結果を発表することの社会的価値はどうなのか。苦労している学生が卒業できるように、特別に時間を注ぐことはどうなるのか。少なくともそのアルゴリズムには、そうした要素は含まれていなかった。

 パフォーマンスの定義が明確であっても、それがゆがんだ動機や極端な場合には違法行為につながることもある。

 サンフランシスコに本社を置く大手銀行ウェルズ・ファーゴはかつて、従業員が顧客に開設させた口座数に基づく「パフォーマンス」指標を給与の一部と結びつけていた。このインセンティブシステムは会社に現金をもたらすには非常に有効だったが、顧客に対する従業員の不正を促し、同社は巨額の罰金を科せられた。

 結局のところ、「よい仕事」をすることの意味を定義する方法は多数ある。なぜなら、真に「客観的な」尺度というものは存在せず、どのような仕事でもパフォーマンスの定義には選択とトレードオフが伴うからだ。

(3)個人のパフォーマンスに報酬を与えることは、組織にポジティブな結果をもたらす

 個人が完全に孤立して働き、1日の終わりに労働の成果が組織系統に送られるという仕事は稀だ。うまく機能している職場では、周囲の人々から学び、彼らと協力し、助け合う。こうした相互作用が個人のパフォーマンスに影響を与える。

 しかし、組織が個人の生産性に対する評価に基づいてのみ給与を配分すると、協力的な職場が競争的になり、全体的な生産性を低下させるおそれがある。

 たとえば、シカゴの大手法律事務所メイヤー・ブラウンは1980年代に、年功序列型の給与体系からパートナーが獲得したビジネスに応じて報酬を支払うシステムに変更した。

 価値を測るのは、理にかなった方法のように思えるかもしれない。パートナーがクライアントに請求した時間数や生み出したビジネスの価値を計算することは、高度な数学の学位がなくても可能だ。しかしながら、この単純な計算式だけで給与を配分する企業はほとんどない。それは、このようなシステムが労働者の間で内紛や妨害行為、不公平感を生むからだ。

 ジャーナリストのノーム・シャイバーが報じたように、メイヤー・ブラウンは身を持ってこのことを知った。パートナー同士が協力するのをやめてしまったのだ。この報酬システムの影響を考えれば、極めて理にかなっている。

 クライアント獲得のために同僚に助けを求めることは、利益を分割することを意味する。そのため、会社全体にとって有益になるはずの協力を妨げる。さらに、パートナーたちは「他の事務所の弁護士だけでなく、互いに攻撃しながら競い」、同僚とクライアントを奪い合ったという。結局、メイヤー・ブラウンはこのシステムを撤廃した。