高すぎる目標は良いか悪いか

 その答えは「良い面もあれば、悪い面もある」というものだ。

 良い面としては、手の届かない目標でも諦めずに追求すれば、より高い成果につながる可能性があることだ。最初は手が届かないと思っていても、後になれば、「その目標に向かって努力しなければ、成果はいまよりずっと小さかったはずだ。チャレンジしてよかった」と思うだろう。

 小さな成功に注目すると、ポジティブな感情が生まれ、その分野で次なる目標を目指そうというモチベーションが生まれる。達成不可能な目標でも、目的地ではなく、道のりが重要だと考えている限り、健全なものだと考えられる。

 悪い面としては、高すぎる目標は未達に終わることが多く、失敗をどう受け止めるかは、人によって差が激しいことだ。一部の人、特に大きな目標に多くの時間と労力を注ぎ込んでいた場合には、精神的ダメージが大きくなる可能性がある。

 失敗したことに固執すると、ネガティブな自己成就的予言や自己批判的思考(「自分は向いていない」「自分には価値がない」)につながることがあるため、注意が必要だ。こうした思考が長く続くと、心理的な下方スパイラルに陥ることもある。

 たとえば、オールAを目指して失敗した学生は、自分がそれほど賢くなかったことに気づくが、そこには人による微妙な違いがある。学生によっては、学問の道に進むことを諦め、それによって自尊心が低下する可能性がある。

 失敗がもたらすもう一つのメンタルトラップは、「偽りの希望症候群(false hope syndrome)」だ。これは、最初から達成不可能な目標だったという事実から目を背け、失敗の理由は別にあると思い込む傾向である。たとえば、オールAを取れなかったのは、「教授がよくなかったから」「課題がつまらなかったから」あるいは「人間関係に気を取られていたから」などと考える。

 こうした誤った責任転嫁は、他者を巻き込むようになると、特に危険だ。さらに、これに付随する「次は大丈夫だろう」という思い込みによって、また同じように無理な目標を立ててしまうため、終わりなき失敗のサイクルが始まり、感情コストが破壊的に増大する。