思いやりと抑制のバランスを取る

 行動を起こすためには、リーダーも部下も、行動しようという意欲を持たなければならない。その際、思いやりと抑制の両方が必要だ。

 まず、思いやりについて考えていこう。

 新型コロナ危機は現在、鬱状態と孤独感と不安を増殖させる条件がそろっている。孤独な労働環境、健康不安、雇用不安、仕事の負担、優先順位の急激な変化などだ。マーサーが世界の保険会社を対象に実施した調査によると、270社の大多数が、メンタルヘルスを喫煙と同じくらいのリスクと評価している。

 リーダーは精神的なウェルビーイングについて真剣に考え、遅かれ早かれ介入しなければならない。従業員は温かさと安らぎを、パンデミック前よりも必要としているのだ。

 ただし、統計や計画だけでチームをなだめることはできない。次の課題に飛びつく前に、彼らの話を聞き、最も困難な時に踏みとどまり、疑問やとまどいについて話し合う勇気が必要だ。

 これにはいくつかアプローチがある。その1つは、「私にもわからない」と認めて、あなた自身のとまどいを共有することだ。自分の不安を表現するリーダーが大きな違いを生むことを、筆者は目の当たりにしている。リーダーが自分の抱える問題をチームと共有すると、彼らもそれに続くという双方向の流れが生まれるのだ。

 もう1つのアプローチは、メンバーが十分に優秀であること、存在を認められていること、そして彼らの価値は行動や結果だけでなく、彼らがどのような人間で、どのように振る舞うかに結びついていることを、基本的な感覚として受け入れるというものだ。

 そのためには、「仕事を成し遂げること」について話すだけでなく、個人の貢献や資質を具体的に挙げながら、「彼らがどのような人か」を認める会話が必要になる。それが不安や無用な疑念を低減させるだろう。

 ただし、思いやりは抑制とバランスが取れていなければならない。

 抑制とは、「周囲で起きていることを観察して吸収し、安定感を提供する能力」だと、IMDのアナンド・ナラシマン教授は説明する。安定感は、限界を定め、水準を引き上げて、適切なレベルのプレッシャーを維持しながら、自己憐憫や不機嫌さから抜け出すために助け合うことから生まれる。

 実際、気遣いや思いやりが強すぎると、学習性無力感の罠に陥りかねない。周囲の手助けやサポートがなければ、自分はパフォーマンスを発揮できないと思い込んでしまうのだ。

 ポジティブ心理学を提唱したマーティン・セリグマン教授が指摘するように、自分にはコントロールできない、避けられないストレスにさらされた時、私たちは学習性無力感を経験する。危険に対処しよう、逃れようとさえしなくなり、どのような危害が自分に降りかかろうと、おとなしく受け入れるのだ。

 つまり、人を(あるいは自分を)奮い立たせたら、その後は甘やかすのではなく、最初の山を乗り越えた後に来るセカンドウィンド(第2の風)をつかむのだ。ボクサーは誰でも、対抗心と怒りと恐怖とフラストレーションを乗り越えた先に、セカンドウィンドが訪れて、新たな力が湧いてくる。これらの感情は、私たちが仕事をする中で普段は抑え込み、理性で処理している感情でもある。

 したがって、勢いを完全にしずめて疲労と退屈を感じるより、熱量を上げて戦闘モードに入るほうが好ましい時もあるだろう。今後1年間に待ち受けている戦いを、じっくり観察しよう。どのように先手を打てばいいか。人々を駆り立てて先制攻撃をかけるには、どうすればいいだろうか。

 さまざまな分野のリーダーと話す中で、彼らが繰り返し強調するのは、何かを手放すのではなく何かを成し遂げることがいかに重要か、である。

 もちろん、1日中ベッドでネットフリックスを見ながらピザを食べていたい、筆者のあるクライアントの言葉を借りれば「羽根布団にくるまっていたい」と時あるだろう。ほんの少しの建設的な否定と気ままさが、うまく機能する時もあるかもしれない。ただし、それは毎日ではないし、事態が難しくなるたびに通用するものでもない。

 たしかに、いまは思いやりが必要だ。しかし同時に、ウイルスの不条理に対し、もう一歩踏み出して、集団で立ち向かうことも求められている。「もうたくさんだ」と声を上げて、この憂鬱と戦う勇気が欲しいではないか。

 子育てと同じように、重要なのは、気遣いと挑発、思いやりと抑制、「いまのままで十分だ」という言葉と「次のレベルに進もう」という呼びかけの適切なバランスを見出すことだ。