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自分がいわゆる「ふつう」とは違ったり、何かしらのハンディキャップがあったりすると、周囲の反応を恐れて、みずから閉じこもってしまうことがある。6歳から吃音に悩まされてきた筆者も、ずっと自分の行動を制限してきたという。そのために、実際には多くの機会があるにもかかわらず、みずからチャンスを見送っていた。だが、あることを契機に、吃音は自分のほんの小さな一部であり、「自分が何者か」はハンディキャップによって定義されるものではないことに気づいた、筆者のストーリーを紹介しよう。


 転職先に初めて出勤する日は、少し緊張する。不慣れな環境で、何が起きるか予測がつかない。第一印象をよくして、初めから全力で仕事に取り組むつもりだ。ともに仕事をすることになる同僚には、自分は賢く、一緒に働きやすく、チームの一員として役立つと理解してもらいたいと思う。

 ほかの新入社員とともに人事に迎えられると、最初は自己紹介だ。緊張で身体がガチガチに固まる。人によってはたいしたことはないのかもしれないが、自分のように言葉に詰まってしまう人間にとっては、試練の時だ。

 自分の順番まで、あと何人か数える。

 あと2人、あと1人。

 心臓がバクバクし始める。次だ。立ち上がって口を開くが、何も出てこない。話すことはもちろん、自分で名前を言うのさえ苦労する。

 夢だったら覚めてほしい。だが、これが現実だ。そう、吃音症が抱える現実なのだ。

 私の吃音は、6歳の時に始まった。人生の中で、言葉をはっきりと発音し、文章を最後まで言い切り、思っていることを伝えることに苦労しなかった日はほとんどなかった。

 米国の国立聴覚・伝達障害研究所(NIDCD)によれば、吃音は「音、音節、単語の繰り返しや音の引き延ばし、ブロックと呼ばれる言葉の詰まりを特徴とする言語障害」と定義されている。

 吃音症を抱える人は、世界に7000万人以上いる。そして、治療法はない。

 私は、言葉に詰まるブロック症状はほとんどなく、言語療法士の言う「流暢」な状態で、明確に話すことができる。吃音の人は、滑らかに話せる時もあれば、「あー」や「えー」といったフィラー(つなぎ表現)を使わないとうまく話せない時もある。自分の場合は、比較的楽に話せる時と話すのが難しい時がある。