データ活用で人の行動を変える

石川雅崇(いしかわ まさたか)
アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ日本統括 兼 ライフサイエンス プラクティス日本統括 マネジング・ディレクター

1995年に同志社大学卒業後、アクセンチュア入社。ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院エグゼクティブMBA修了。現在はデジタルによる企業成長戦略や新規事業戦略の立案、企業変革を主に推進。グローバルにおけるアクセンチュアの知見/論考を取りまとめるデジタル編集委員の一人。早稲田大学客員教授。『サーキュラー・エコノミー~デジタル時代の成長戦略~』(日本経済新聞出版社)監訳。

石川 日本でも素晴らしい成果が出たということですね。しかも84%もの方々が生活の質が高まったと実感されているとは驚きです。行動変容を促し、よりよく生きている実感も持てている。一方日本は、国民皆保険制度が確立されているが故に、安心して暮らせる一方、あまり健康について自ら考える機会が少なく、自分事化しづらいと指摘されています。

高田 おっしゃる通りで、実は一般の人は、健康についてあまり考えたいとは思っていないそうです。共同研究をしている産業技術総合研究所の持丸正明先生によれば、日本人で自ら健康について考え、実際に行動している人は30%ぐらい。残りの70%は、なかなか行動に移すことはありません。

 そもそも健康に関するデータは自覚症状につながりにくいものです。この部分を「見える化」するにはどうすれば良いのか、これがヘルスケアに関係する多くの事業者の一番の悩みどころでした。仮に半年や1年おきの健康診断で良くない数値が出ても、自覚症状がなければ改善のモチベーションを維持することは難しく、まあいいかと放置してしまう人が多いのも、致し方ないところかと思います。

 誰もが健康の大切さは分かっていますし、規則正しい食事や早寝早起き、適度な運動が必要なことも分かっています。しかし、日々の忙しさや疲れを前に、そう簡単に実行できるものではありません。私たちは健康を最大の「後回し資産」と呼んでいますが、健康と引き換えに目の前の課題や楽しみを優先してしまうのは、ある面で人間の本質ともいえます。

 こうした人の根源的な部分に働き掛け、健康になってもらうにはどうしたら良いか。そうした試行錯誤を重ねて、さまざまな仕掛けを取り入れてきたのがVitalityの20年の歴史です。

石川 アンケート結果を踏まえると、Vitalityは行動変容につながる仕掛けがあるのではと思います。どのような仕組みになっているのでしょうか。

高田 Vitalityでは、先ほどの70%の人たちに合理的な行動変容を起こすため、行動経済学の理論も健康増進プログラムに取り入れています。なぜなら、行動変容を促すためのインセンティブの与え方や動機付けの手法は、世界中の人たちに共通するものであり、実際、数字としても効果が確かめられているからです。

 Vitality健康プログラムは、健康増進への取り組みを3つのSTEPを通じて応援し、楽しみながら健康になるサポートをする仕組みです。STEP1で、自分の健康状態を把握します。その際、オンラインでヘルスチェックを受けたり、診断書を提出したりすることでポイントが獲得できます。続くSTEP2では、健康状態を改善する取り組みを後押しします。1日に8000歩(65歳以上は6000歩)以上歩く、提携ジムに通う、スポーツイベントに参加することでポイントを獲得できます。STEP3では、累計ポイントでステータスを判定し、保険料が変動したり、ステータスに応じた特典を楽しむことができる仕組みです。また、1週間の運動目標をクリアすることでドリンクチケットが必ず当たる「アクティブチャレンジ」や、1カ月単位の運動目標を達成することで電子マネーなどと交換できるVitalityコインを獲得できる「アクティブチャレンジ Apple Watch」といったサブプログラムを用意しており、人気を博しています。

 このように、1週間単位、1カ月単位といった取り組みやすい短期や中期のインセンティブを組み合わせ、年単位の長期インセンティブへとつなげる「目標勾配効果」によって、知らず知らずのうちにVitality健康プログラムを日常の生活習慣に取り入れてもらえるような仕組みづくりを工夫しています。

石川 行動経済学に基づいたインセンティブ設計が、行動変容のキーワードなのですね。また、ステップを設けたり、短期的に達成可能な目標を設定したりすることで、達成感を提供し継続を促す、さらに高い目標に向かって中期的に取り組もうという意欲をもたらす、という仕掛けがあるからこそ、大きな成果に結び付いていることが分かりました。

高田 もう一つ、このVitality健康プログラムは無料ではありません。保険料とは別にVitality利用料(月額880円<税込み>)を頂いて参加していただきます。これも重要なことで、利用料を支払っているからこそご本人はもちろん周辺の方々も意識してプログラムに取り組む理由になり、日常の変化が自分で感じられる、あるいは自分の行動が変わるきっかけになるのだと思います。

石川 興味深いですね。利用料を支払うことも、元を取りたい、という行動経済学に基づいたインセンティブ設計になっている。そもそも入り口からモチベーションをかき立てる仕掛けがある、ということですね。

 これまで大きな成果を実現されていますが、今後どのような展開を考えておられるのでしょうか。

高田 最大の取り組みとしては、データの活用です。生命保険会社はデータビジネスであると言っても過言ではありません。保険加入者の死亡・疾病にひも付いた保険支払いのデータなどをずっとストックしてきました。さらにVitality会員の日々のバイタルデータの蓄積も膨大です。これらのビッグデータをいかに有益なサービスにして提供できるかを研究しています。

 一つは、一人一人にデータを最適化し、パーソナライズ化した健康予測モデルの提供です。運動や習慣、健康診断などの結果から、将来のおおよその健康予測が立ちますから、これをフィードバックするというもの。

 保険というものは非常にプライベートなものですから、どれだけビッグデータを持っていたとしてもマスの状態での提供はあまり意味がありません。基本は一人一人に応じて、「あなたの現状はこうです」「あなたの将来の予測は〇〇です」といった形で提供していくことが重要で、これは多くのヘルスケア関連事業と同じことだと思います。

 その中でVitalityの特徴は、双方向にコミュニケーションできる仕組みがあるという点です。極論すれば、アプリ等を通じて毎日でもやり取りができるからこそ、タイミングを逃さない情報提供が可能になると考えています。