水ぶくれは、皮膚を何かにこすられ続けるとできる。少し、すりむけることさえあるかもしれない。だがそれでも、あなたはずっと、その水ぶくれに引き寄せられる。

 私が「水ぶくれに従おう」のフレーズで気に入っているのは、常に至福を味わえるわけではないとしても、忍耐力を持ってタスクをやり抜くことの大切さを示している点である。

「水ぶくれに従おう」という言葉は、私をこう自問させる。「たとえ、すぐにはうまくできなくても、進歩を確認できるまでに時間がかかりすぎるように思えても、あるいは落胆しても、私自身が何度も回帰している仕事とは、どのようなものか」

 私にとって、それは執筆することである。私は時に学術論文を執筆する。学会誌で発表する実証研究に基づいた論文である。社会科学に関する本を書く。そして、本稿のような寄稿をすることもある。そしていまなお、ちっともうまく書けないことに少しイライラさせられる。いまだにかなり書き直し、修正し、それでも不採用になることが少なくない。

 もっとたくさん練習を積まなければならないのは、わかっている。練習は、いら立たしいと同時に、私を惹きつける。やらなくてはならないことがほかにどれだけあっても、私は書くことに引き寄せられる。おそらく、いまなお執筆について多くを学べる点を、私は気に入っているのだろう。

 このように、あなたにとって重要なキャリアを探す時には、「情熱」が指し示す方向だけを見るのではなく、あなた自身が何度も回帰している活動についても考えたほうがよい。こうした活動は多くの場合、一目で心を奪われるような活動に比べて、やり遂げるのが難しいという現実があっても、だ。

 ポジティブ心理学の生みの親の一人であるマーティン・セリグマンは、次のように問いかける。「子どもの時からやっていることで、いまでも好きな活動は何か」。それは、あなたが一番好きなことではないかもしれない。いつも一番楽しいと思えることではないかもしれない。しかし、次のように自問してみるとよい。

 それは、よい結果を出すために、一生懸命努力しなければならないことだろうか。どんなに時間や練習が必要だとしても、よい結果を出したいと思えることだろうか。少し早起きしても、あるいはほかの人々が寝た後でも夜遅くまでしたいことだろうか。

 締め切りが明日だからという理由ではなく、少しでも進歩することが自分にとって重要だから、努力を重ねることだろうか。毎日毎晩でないとしても、確実に行っている活動だろうか。