臨床心理学者の資格を持ち、認知行動療法士の訓練を受けたハイメ・ザッカーマン博士は、次のように説明している。「自分あるいは他人に対して、本人の感情的な痛みや困難な状況に関係なく、ポジティブな考え方に徹するべきだと押しつけること──私の嫌いな『ポジティブ・バイブ』だ」

 ザッカーマンは現在、フィラデルフィア郊外で開業している。専門は大人の気分障害と不安症の治療だ。

 患者が人間関係において健全な境界線を築く手助けを行い、コロナ禍では特に、トキシック・ポシティビティが日々の生活に及ぼすネガティブな影響を重視している。そして、トキシック・ポジティビティに関する興味深い事実に注目し、自分に対しても他人に対しても、感じていることをそのまま感じていいと受け入れなければならない、と指摘している。

 私はトキシック・ポジティビティについてさらに詳しく学び、それが好ましくない理由を知るために、彼女に連絡を取った。そして、以下のことを学んだ。

 ●トキシック・ポジティビティは心の状態を否定するだけでなく、二次感情を増大させる

 ザッカーマンは、次のように語る。

「この(トキシック・ポジティビティの)概念の本質的な問題は、人がポジティブな気持ちではない(あるいは、ポジティブな人にふさわしい姿や振る舞いだと私たちが思うものではない)ことを、間違っている、いけないことだ、不十分である、と見なすことだ。人の心の状態を否定する──今回のケースでは、悲しみや怒りなど、私たちが『ネガティブ』と考える感情を抱くのは悪いことだと思わせる──ことによって、結局は相手の中に恥や罪悪感、後ろめたさなどの二次感情を引き出す」

 私たちは実にさまざまな言葉で、悲しむことは恥ずかしいと感じるべきだ、不安になることは後ろめたいと感じるべきだと、彼らに語りかけている。「状況にふさわしい感情を避けたり、無視したり、抑圧したりすることは、手助けが必要な時に孤立させ、メンタルヘルスの問題は心の弱さと同じだという烙印を長く植えつけることになる」と、ザッカーマンは言う。

 ●大丈夫じゃなくても、本当に大丈夫

「『大丈夫』だと思えないことは、思えなくても大丈夫というだけでなく、とても重要なことだ。普通ではない状況に、普通ではない感情で反応することは、いたって普通なのだ。私たちは感じたい感情を選ぶことはできない。感情とは、そのようなものではない」と、ザッカーマンは言う。

 両親が新型コロナウイルス感染症に感染した後、私が悲しくて怖くてたまらなかったのも、普通のことだったのだ。パートナーと喧嘩をした後に泣くことも、先が見えなくて不安になり怖くなることも、普通のことだ。

 大切なものを失うかもしれないと思えば、悲しくなる。何が起きるかわからなければ、不安になる。自分に対しても、日々出会う他人に対しても、沸き起こった感情をそのまま感じることを認めなくてはならない。いまこの時代は、なおさらだろう。

「大丈夫だと思わない自分を許すことは、あらゆる気持ちや思考、感情を受け入れて、それらが消えるまでともに過ごすということでもある。避けようとしたり、押さえつけたり、無視したりしても、そうした感情はいっそう強くなるばかりで、圧倒されて、立ち向かうことはできないと思うだけだ」と、ザッカーマンは言う。

 どんな感情も、永遠に続くことはない。怒りや悲しみは、幸せや喜びと同じように、やって来て、いずれ去っていく。痛みを伴う感情が過ぎ去ってほしいと心から願うなら、まず、そうした感情をそのまま経験するしかない。