●指導者に教えを仰ぐ

 たいていのスキルと同じく、ある程度のレベルに到達するために師の教えを仰ぐことは有益である。ゴルフやピアノの基礎を自力で学ぶことはできるかもしれないが、スイングを見てくれるコーチや、楽譜の読み方を教えてくれたり、個別にフィードバックを与えてくれたりするインストラクターがいたほうが早く上達する。

 瞑想にも同じことが言える。数週間あるいは数カ月続けてきて、さらに継続するうえでさまざまな障害が出てくる恐れがある。たとえば、(おそらく悪い姿勢で)じっと座っていることで生じる肉体的な痛みや、どう対処すべきかわからない不快な考えや感情などだ。あるいは進歩がないと感じてやめたくなるかもしれない。

 経験豊かな瞑想の講師なら、フィードバックや助言を通して、こうした大切な時期を乗り越える手助けをしてくれるだろう。

 現在、マインドフルネス瞑想の講師の資格として、広く認知されているものは存在しない(ただし、そのようなものをつくろうとする試みはある)。「自称講師」の中には、数カ月しか訓練を受けていない者もいる。数カ月というのは、長期的な支援を提供するにはまったく不十分だ。

 大きめの禅教室やヴィパッサナー教室のように、ある程度の実績のある組織を探すのがよい。そのほとんどは非営利組織として運営され、講師たちは厳しい訓練を受けていて、数十年にわたるトレーニングを積んだ人も珍しくない。

 伝統的な教室は気が引けるという人には、グーグルで創設された「サーチ・インサイド・ユアセルフ(SIY)」のような組織や、マサチューセッツ大学の「マインドフルネスベースト・ストレス・リダクション(MBSR)」プログラムがおすすめだ。どちらも世界各地で研修を行い、講師を認定している。

 ただし、講師の経験や訓練年数は千差万別なので、情報を集めるなど、きちんとリサーチすべきだろう。

 ●線形に進歩するという幻想を捨てる

 誰もが瞑想に対して期待を抱いている。そうでなければ、そもそも瞑想のために時間を割こうとしないだろう。終わった後に爽快な気分になり、ストレスが減り、集中力が増し、前ほどイライラしなくなることを望んでいる。

 しかし残念ながら、定期的な瞑想の習慣があるエグゼクティブたちが明かすように、毎回そのように感じられるわけではない。心を落ち着かせるのが困難な時もある。自由に動き回れるようなスペースを心に与えると、むしろ腹立たしい記憶や考えが余計に大きく感じられることもある。

 重要なのは、進歩は必ずしも線形に感じられるものではないと理解すること、そして進歩の感じ方についての理解を深めることだ。

 肉体的なトレーニングをすると、トレーニング後に痛みや疲れを感じる一方で、長期的には筋肉が増強することを私たちは知っている。同様に、瞑想という精神的なトレーニングでも、終わった後に満足できなかったり、「うまく行っていない」と感じたりすることもあるだろう。

 そのような時は、自分が正しい方向に進んでいる兆候だと考えるとよい。あなたは心を鎮めるプロセスを学んでいて、「トレーニング」が精神的な痛みをつくり出しているのだ。このトレーニングを続けられれば、長期的には精神的な筋力の増強につながる。

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 継続的な実践は不可欠である。継続的に、そして定期的に、たとえやる気が起きない時でも、瞑想はやるべきなのだ。続けることで、時間が経つにつれ、気の散りやすい心が、次々に思い浮かぶ考えにひっきりなしに囚われることなく、開かれた意識の中でも落ち着いていられる方法を学ぶだろう。

 ここに紹介した4つの行動は、筆者にとって瞑想の習慣を継続する拠りどころとなる柱である。忙しすぎたり疲れすぎたりして、日々の瞑想を休みたくなった時でも、講師と一緒に行う予定が入っていれば、やる気や決意は高まった。線形の進歩が遂げられずにもがいていた時期には、みずからの苦闘を地元の禅センターで話すことで笑えるようになった。

 もちろん、4本の柱のうちのどれか1つがうまくいかないこともあるだろう。そんな時も、4本の柱を確立できてさえいれば、他の柱が瞑想の習慣を支え、励まし続けてくれる。


HBR.org原文:Make Mindfulness a Habit, November 20, 2020.