喪失を追悼する時間をつくる方法

 多くの喪失は、取り戻すことができない。しかし、喪失を追悼する時間は職場に再建することができる。

 それをやる最善の立場にいるのは、マネジャーだ。死別であろうが、仕事の喪失であろうが、仲間と近づけることの喪失であろうが、喪失を乗り越えようとする人を支えるということは、その人たちが健康で、誠実で、生産的であることを助けるのに等しい。

 その方法を示そう。

 第1に、相手の(そして自分自身の)不安や弱さや混乱を認めること。万事順調だというふりをしてはいけない。自分の経験を語り、相手も経験を語るよう促し、それを「普通のこと」にしよう。以前の会社生活で最も恋しく思うものや、自分が最も適応に苦労していることを話すだけでも、解放感を与えてくれるだろう。

 第2に、相手に思いやりを示したら、次は事実を語ろう。「これがデータだ」「これがいま、私たちが取り組んでいることだ」というように。

 また、質問を受けつけよう。そうすれば相手は、自分の不安に耳を傾けてもらえていると安心するだろう。あなたがその質問の答えを持っていなくてもよい。長期的な見通しを示すことが難しいなら、いっさい見通しなど示さないこと。

 たとえば、会社の月間売上高を示し、その急減にどう対処するつもりかあなたの計画を語るほうが、次の四半期はもっとよくなると激励の言葉をかけるよりも、ずっと正直だし役に立つ。

 第3に、仕事を簡素化して、管理しやすくしよう。不安な状態でリモートワークをしている時は、明確かつ具体的な目標に意識を集中して、何が期待されていて、どこまでやれば十分かがわかると助けになる。

 こうした明確性は、出社が再開されたものの、かつてと同じ日常は戻ってこない時、一段と重要になる。いつ、どこで、どのくらいの時間仕事をすることを期待されているのかがわかると、安心をもたらす。

 嘆き悲しむと想像力が失われて、最悪のことばかり予測するようになる。誰かの死を嘆き悲しむ人が、呼吸や食事や定期的な運動に集中することで、ある程度心の落ち着きを取り戻すように、管理可能な仕事も同じような役割を果たすことができる。

 嘆きや悲しみは行為主体性を奪いがちだが、仕事はそれを取り戻す助けになる。「自分が無力だと感じている時、完遂できるタスクがあると大いに助けになる」と、サミュエルは語る。

 こうした措置はどれも、部下たちの気持ちを安定させ、「いま」に意識を向けさせることができる。それは仕事ができる最大の役割だろう。私たちはいま、ここにいる、と思い出させるのだ。

 マネジャーやリーダーは自信のある態度を示し、従業員の想像力を刺激し、未来に目を向けさせるべきだと、よく言われる。未来志向は「万事うまくいく」というように、とコーネルは警告する。「だが、未来どころか、来週さえどうなるかわからない中で、そんなことを言うのは難しい」

 とはいえ、間違って定義された「ニューノーマル(新常態)」に適応する必要があるなどと言うつもりはない。そんなことは、愛する人を失った人たちに、そのうち「乗り越えられる」と言うようなものだ。

 乗り越える時など、けっして来ない。ただ、喪失とともに生きることを学び、少しずつ前進する中で、「いま」に足をつけて、不透明でリモートな現実に意識を集中すると、どうにか前に進み続け、仲間とのつながりを維持することができる。

 しかし、マネジャーが喪失の時間をつくるためには、自分自身の喪失(長年自分を方向づけてきた理念やアプローチの喪失)に勇敢に立ち向かわなくてはならない。マネジャーが未来から現在に目を向け、想像力を刺激することから心の安定へと重点をシフトさせ、自信ではなく気遣いへと姿勢を変えると、部下たちは体勢を立て直し、少しずつ希望を取り戻すころができる。

 かつて「ビジネスに人文科学は必要ないが、人間には必要だ」という記事で書いたように、古いアプローチを手放すと、より人間的な経営ができるようになるかもしれない。同じように、コロナ禍で人と人の接触が失われたことは、かえって仕事を人間的なものにするかもしれない。

 もしこれが、私たちには嘆きや悲しみを共有して、心を落ち着かせる時間が必要なのだと思い起こすきっかけになったのなら、リモートワークは私たちを以前よりも近づける可能性さえある。そうなれば、喪失の1年は、希望に満ちた終わりを迎えられるかもしれない。


HBR.org原文:Make Space for Grief After a Year of Loss, December 21, 2020.


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