大会場でのスピーチ、失敗できないビジネス会議、クライアントを前にした最終プレゼンテーション――。人前で話をする前は、どうしても緊張して、不安になりがちだ。だが、そこで「落ち着け、落ち着け」と言い聞かせるのは逆効果だと筆者は指摘する。カギになるのは、不安に心を奪われるのではなく、自分は興奮した状態にあるのだとリフレーミングすることだ。意識を向ける対象を変えるための習慣を身につけ、不安や緊張をポジティブなエネルギーに変えて、素晴らしいパフォーマンスを実現するための方法を紹介する。


 緊張を取り除くことが、人前で自信を持って話すための秘訣だと言われているが、そうではない。大事なのは、「不安」を「興奮」にリフレーミングすることだ。

 人前に立つことを生業にしている人は、ある程度の緊張が驚くほど役に立つことを知っている。緊張状態によって、集中力を維持し、先延ばしせずにその時間を準備に充てるよう促される。

 筆者はオペラ歌手から転身し、講演家、起業家、そしてシンガーソングライターとして活動しているが、大勢の人の前に立って最高のパフォーマンスを演じるために、精神統一を図る心身の技法を習得した。現在は、呼吸法や視覚化といったスピーチ前の習慣によって、神経を落ち着かせ、自信を持って自分らしくプレゼンテーションを行うための適切なマインドセットの持ち方をクライアントに指導している。

 数年前、筆者はチームとともに、ある大手金融機関でリーダーシップコミュニケーション研修を実施した。そこに人前で話すことがとにかく不安だという銀行部門のマネージャーがいた。温かい人柄の彼女は話すことに向いているのだが、本人は想像するだけで全身の感覚がなくなるくらい怖いという。

 ところが、彼女は緊張を表に出すことはせず、これから筆者らの前でプレゼンをしなければならないという時には、決まって「なんて素晴らしい!」と叫んだ。それが、本当は「怖くて死にそう!」という意味であることはわかっていたので、誰もが彼女と一緒に笑った。そして緊張していたにもかかわらず、彼女のプレゼンテーションは非常に魅力的だった。

 そのフレーズは、筆者らのチームで指標の一つとなった。つまり、人前で話す前に緊張していると、立ち上がって「なんて素晴らしい!」と叫ぶので、それを聞いて相手の状況に共感するのだ。

『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌のエグゼクティブエディターであるダニエル・マッギンは、著書Psyched Up(未訳)で、成否を分けるような状況でパフォーマンスを行わなければならないアスリートや講演家、外科医などに役立つパフォーマンス前の習慣について語っている。

 同書には、ハーバード・ビジネス・スクール准教授のアリソン・ウッド・ブルックスの言葉が引用されているが、それには本当にはっとさせられた。「議論として、不安と興奮は実際、非常に近いものだが、(中略)不安と落ち着きは、かけ離れている」

 ブルックスによれば、落ち着こうとするのではなく、興奮した状態に意識を向けることで、実際にパフォーマンスが向上するという。つまり、これから大勢の前で話そうとする人に「落ち着くように」と言うことは、極めて困難なことをさせようとするに等しい。緊張をほぐすために何かを勧めるのも、知らず知らずのうちに相手のパフォーマンスを損ねてしまう可能性がある。