チームと真摯に感情を共有する

 私は癌患者のケアに関する仕事をしている。同僚たちと私自身がケアの提供者であり、癌サバイバーでもあるので、死がもたらす影響は理解している。

 しかし今回、同僚が亡くなるまで、私が働いているオフィスは、一緒に働く人を失うという個人的な悲しみから守られていなかった。そのような種類の喪失に対する準備が必要だと、考えていなかったのだ。

 私はマネジャーとして、オフィスで最初にメンバーの死を知らされた。気持ちを落ち着かせると──文字通り、レストランの床から立ち上がって──部署のほかのマネジャーたちに連絡した。

 私たちは一緒に泣いた。そして、計画を立てた。翌朝一番にスタッフミーティングを開き、全員に一斉に知らせることになった。

 翌日、私は人事部が用意した台本を見ながら、「オフィスのママ」はもう戻ってこないと仲間に伝えた。

 イングリッシュマフィンやエンテンマンのお菓子を持ってくる人がいなくなったことを知って、スタッフが鼻を赤くし、目に涙をためているのを見ているうちに、私は台本を忘れて泣きだしてしまった。チームメイトでもある別のマネジャーが私の手を握り、一緒に泣いてくれた。

 喪失の悲しみは、人生で誰もが経験することだが、私たちの社会は悲しみを急いで乗り越えようとしがちだ。しかし、その日、私とスタッフはその反対のことをした。

 私たちはマネジャーやリーダーとして、日常が崩壊した時に、冷静さを失わずに状況をコントロールしなければならないという重圧を感じることが多い。ただし、冷静さではなく、弱さを見せなければならない時もある。

 スタッフが感情を自由に表現できる時間をつくろう。真摯な感情を恥じる必要はないと伝えることによって、彼らが自分なりに悲しみのプロセスを経験する場を与えるのだ

 私はチームのメンバーがその日の出来事を感じて、処理し、共有するための時間をつくった。そのステップが私たち全員にとっていかに重要だったか、いまあらためて実感している。