ブラックロックCEOの手紙

 今号では、p77にESG関連の流れを年表にして掲載しています。まずは、2011年、マイケル・ポーター氏とマーク・クラマー氏の論文「共通価値の戦略」(DHBR2011年6月号掲載)です。多くの経営者や識者が愛読しています。

 企業が社会課題に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果、経済的価値が創造されるという経営の提唱です。

 論文の書き出しは「資本主義は危機に瀕している」。当時、経済格差拡大に抗議した人々が、ニューヨークのウォール街を占拠しました(コロナ禍で今日の世界も日本も同様に格差問題が深刻です)。

 2004年頃からESGが提唱され始め、この論文では「企業本来の目的は、単なる利益ではなく、共通価値の創出であると再定義すべき」と主張します。これまでは、偏狭な資本主義観が支配的だったとして、批判しています。今号の特集に近い論考で、ESG経営の具体論になっています。

 この分野での一般的な疑問である、「機関投資家は本当にESG重視か」「ESGはコスト増にならないか」に答える論文が「機関投資家がESG投資を最重要視する理由」(DHBR2019年10月号掲載)です。副題は「ブラックロック、バンガード、GPIF……世界の資産運用会社やアセットオーナーを調査」。

 著者は、今号にも登場するロバート・エクルス氏です。氏と、特集1番目の論文著者のジョージ・セラフェイム氏、前述のマーク・クラマー氏の話題作は、DHBRウェブサイトで多く掲載しています。それぞれの名前で検索してみてください。

 今日、証券投資では、米国の有力な投資家や経営者の行動論理を知ることが大切です。例えば、世界最大の資産運用会社であるブラックロックのCEOのラリー・フィンク氏は近年、投資先の経営者向けの手紙で、「ESG重視」と記すようになりました(「Larry Fink's letter to CEOs」の検索で和訳も読めます)。

 経営者の行動変化の象徴が、本特集で3つの論文が言及した昨年8月の米国経営者団体ビジネスラウンドテーブルの「企業のパーパスに関する声明」です(Business Roundtable Redefines the Purpose of a Corporation to Promote 'An Economy That Serves All Americans')。

 この代表がJPモルガン・チェースCEOのジェイミー・ダイモン氏。彼へのインタビュー「ウォール街の論理と経営者の責任」(DHBR2018年12月号掲載)を読むと、「行動変化の背景」がわかります。

 リーマンショック以来の金融業界に対する世間の不満、グローバル経済の功罪、企業経営の短期業績志向の問題、自社株買いについての課題など、厳しいインタビュアーからの質問に真正面から回答しています。

 そして、日本のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のESG投資に対する取組みや考え方は、同法人のウェブサイトで「ESG投資」https://www.gpif.go.jp/investment/esg/という項目を立てて、詳述しています。

 ESG経営の成果を評価するデータが少ない中、特集4番目の柳良平氏の論文は、論理とデータ検証が揃っています。さらに詳しく知りたい方は、エーザイの統合報告書や、柳氏の『CFOポリシー』(中央経済社、2019年)をご覧ください。世界の投資家への調査も詳細で、それに対して企業がどう対応して行くべきかを考えるうえでも参考になります。

 また、『ESG投資とパフォーマンス』(湯山智教編著、きんざい、2020年)も、ESG評価機関の調査項目や比較などが詳述され、他書にはない視点が多く提示されています。

 ここまで書きましたESG経営とは異なる方法で、EやSの問題への解決策を長年提唱してきたのが、渋澤健氏が本特集論文で言及する経済学者、宇沢弘文氏。1974年に著された『自動車の社会的費用』(岩波書店)は名著で、ロングセラーです。

 企業などの経済活動が、社会に被害を与える「外部不経済」において、当時者が負担していない「社会的費用」を論じています。同書では交通事故などの他、自動車の排気ガスが対象ですが、その後、温室効果ガスが深刻な問題となり、一般向けには2000年に『社会的共通資本』(岩波書店)を著しています。

 市場放任主義では、格差拡大や環境問題が必然となり、そのままでは解決できないというスタンスです。ESG経営で克服できるのか、同時に、炭素税などの政策が必要か、長期的・巨視的に考えるための視座が得られます。

 また、渋沢栄一氏の関連書籍では、基本になる『現代語訳 論語と算盤』(筑摩書房、2010年)に加えて、渋沢氏の人となりや功績がわかる『現代語訳 渋沢栄一自伝』(平凡社、2012年)がお薦めです。読みやすく、近藤勇や西郷隆盛、福沢諭吉、大隈重信などとの短い交流録や人物評も面白いのです。

 年末年始、企業や組織の「100年の計」を練る際の参考にしていただければ幸いです(編集長・大坪亮)。