型破りな組織形態をめぐるトニーの考えについて、とやかく述べるつもりはない。極端な発想が成功につながったら称え、うまくいかなかったら批判するのは、公平とは言えない。

 トニーの壮大なアイデアから学ぼうとする者が肝に銘じるべきは、イノベーションを目指す風雲児はブレークスルーを成し遂げるが、それと同じくらい挫折も経験するということである。このため、彼らに倣おうとする胆力を持つのは、ごく一握りの人々だけだ。トニーのようなアーティストが意味ある貢献をしようとすれば、成果が玉石混交になるのは、ほぼ避けられない。

 そこで思い起こされるのが、ザッポスよりもさらに大きな舞台に挑戦するトニーの取り組みである。ラスベガスの長らく顧みられなかった地域の再構想と再設計を目指す、いわゆる「ダウンタウン・プロジェクト」だ。

 2013年にザッポスは、ラスベガスの旧市庁舎を改修して、そこに本社を移した。アップルやナイキは周囲から隔絶された敷地に本社を置いているが、トニーはそれを嫌った。そこで彼は、新本社を構想して、ザッポスの従業員だけでなく、芸術家、専門家、起業家など、奇想天外な熱意や創造性を漲らせた人々に集まってもらい、刺激を受けたらどうだろう、と考えたのだ。

「利便性より衝突を尊重する」「ROI(投資収益率)からROC(return on connectedness:つながりの収益率)へと発想の重点を変えた」が口癖のトニーは、ザッポス現本社の近隣地域を「コワーキング(coworking)とコラーニング(colearning)の世界的な中心地」にしたいと考えていた。

 トニーの構想を聞き、周辺地域の変革のために3億5000万ドルの私財を投じたと知らされた時、私は文字通り感動した。アイデアの壮大さと献身の深さは疑う余地がなかった(事実、トニーは広々としたアパートメントを引き払い、本社の近隣にひょっこりできた前衛的なトレイラーパーク内にエアストリーム製トレイラーを停め、そこを棲み処にした)。

 悲しいかな、ダウンタウン・プロジェクトの実情はというと、壮大なビジョンに見合った成果は上がっておらず、活動は多くの批判に晒された。ただし、周辺地域は大きな発展を遂げた。世界でも稀有なダウンタウン・コンテナ・パークは、輸送用コンテナを転用した店舗やレストランが立ち並び、ショッピングや食事を楽しむために人々が集う場所になっている。

 ダウンタウン・プロジェクトは音楽とアートを融合した大がかりなアウトドア・イベント「ライフ・イズ・ビューティフル」も手がけ、2019年にはフェスティバル部門で世界第2位の興行収入を上げた。ダウンタウン・プロジェクトについてトニーはかつて、「新しいアイデアを絶えず実験する場だ。肝は基本プランを持たないことさ」と語っていた。

 この言葉はトニーの人生とアーティストとしての姿勢に、ぴたりと当てはまる。起業家としてのトニーは休みなく実験を繰り返していた。基本プランをけっして持たなかったが、いかなる時も人間味に溢れた先進的な価値観に深く傾倒していた。

 顧客との強い結びつき。社風や同僚への揺るぎない忠誠。人生への情熱。創造への渇望。私たちはみな、トニーが築いた会社や遺した教訓のお陰で、豊かさを増した。彼の作品は時の試練に耐えていくだろうが、私の心には、アーティストを失った深い悲しみが宿り続けるだろう。


HBR.org原文:The Leadership and Artistry of Tony Hsieh, November 30, 2020.


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