トニーのアーティストとしての一面を初めて垣間見たのは2008年5月、ラスベガスのザッポス本社を訪れた時だ。私はいくつもの講演や会合のために西海岸を訪れたのだが、ある日ぽっかり予定が空いた。

 そこで、年間売上高がちょうど10億ドルの大台を超えたばかりの躍進著しいザッポスとはいったいどのような会社か、この目で見たいと思い、広報に連絡した。すると、ほかならぬCEOから「社内をご案内します。仲間たちとどのような会社を築こうとしているか、説明しましょう」という返事があった。

 この訪問をきっかけに、トニーとは以後10年にわたって、ラスベガスへの出張やカンファレンスの際に会ったり、メールをやり取りしたりして、ブランディング、文化、イノベーション、社会変革など、彼が取り組む多種多様なテーマについて意見や情報を交換した。

 初めての社内ツアーは、第一級のパフォーマンス・アートだった。型通りの企業見学のはずが、オフィスを舞台にしたラスベガス風のショーに早変わりしたのである。

 ロビーに姿を現したトニーは、ツアーガイドのように旗を手に取ると、それを高く掲げて歩き始めた。オフィスは元々活気に溢れていたが、私たちが通りかかるといっそう賑やかさを増した。

 ある部門に顔を出した時は、笛やクラッカーが派手に出迎えてくれた。別の部門では大きな鈴の音が響き、ポンポンが舞った。ファッションチームの部屋では、ダンス音楽が流れる中でスナップ写真の撮影。ツアー最後の訪問先、通称「王様部屋」では、ザッポスの専属コーチを務めるドクター・ヴィクのお膳立てにより、王冠をかぶって玉座に収まる私の記念写真ができ上がった。

 これはザッポス流の素晴らしくも神秘的な体験であり、トニーの会社がこれほどまでに成功した理由もここにある。ザッポスは優れた価格、品質、品揃え、すべてを提供していたが、トニーはオンライン小売にはまだまだ無尽蔵の可能性があるとして、壮大なアイデアを掲げていた。

 過去から現在に至るまで、ザッポスの活動はすべて顧客を楽しませ、驚嘆させ、魅了することを意図している。トニーに言わせれば「幸福を届ける(delivering happiness)」のであり、この表現はベストセラーになった著書のタイトルにもなっている。

 ただしトニーは、市場でかけがえのない何かを生み出すには、活力みなぎる職場をつくらなくてはならないと心得ていた。

 熱狂を引き出すブランドを生むには、熱狂する社風を保つ必要があった(ちなみに、私はザッポスの顧客の熱狂にいまなお心を打たれている)。2010年のHBRへの寄稿でトニー自身が述べているように、2004年に敢行したサンフランシスコからラスベガスへの本社移転さえも、決断理由の一つは「(当時の)従業員にとって何が最も幸せか」だったのである。

 これは素晴らしい半面、どこか神秘的でもある。

 1994年、すなわちトニーが最初の会社(マイクロソフトに2億6500万ドルで売却)を共同創業する2年前、ザッポスにアドバイザー兼出資者として参画する5年前に、『ビジョナリー・カンパニー』が世に出された。ジム・コリンズとジェリー・ポラスによるこの大ベストセラーは、永続的な企業の原則を紹介した本である。その原則の一つであるカルト的な文化は、イデオロギーの信奉、啓蒙、同質性の追求、エリート主義を特徴とする。

 この本の分析は、固い絆で結ばれたザッポスの社風にも当てはまるように思えた。テキサスA&M大学の学生たちは何十年にもわたって、独特な(カルト的な)ことで知られる自校の文化について、「外から眺めたのでは理解できず、中にいる者は外の人々に説明できない」と語り継いできた。

 ほぼ同様のことは、ザッポスについても言えるだろう。私はザッポスの社風から深い感銘を受けたが、自分がその一員になるなどとは想像したこともない(理由はポンポンの扱いが苦手だというだけではない)。あまり熱狂する性格ではないし、他人への猜疑心があるので、組織にどっぷり浸れないのだ。

 要するに、トニーは革新者であるだけでなく、物事を徹底すべきだという考えを持っていたのだ。彼が築いた企業文化は強烈で、並外れていて、成果をどこまでも追求するため、そもそも万人にふさわしいものではない。

 このため新米社員に有名な提案(オファー)を行っている。ザッポスで働くには熱狂が求められるので、それを呼び覚ますことができない人には、評価を抜きにして、文字通りお金を払って辞めてもらうのだ。

 トニーは情熱に駆られて、2014年には「ホラクラシー」という大胆な仕組みも取り入れた。組織の分権化を極限まで推し進め、肩書、マネジャー、階層を撤廃したのである。

 このイノベーションが抵抗に遭うと、同僚たちに、受容するか、さもなければ退社するか、二者択一を迫った。従業員の約18%が退社を選んだ。トニーはホラクラシーにこだわったが、2020年に入ってからは、ザッポスがついに「ホラクラシーから静かに脱却しはじめている」とする報道がなされた。

 そして、忘れてはならない出来事として、2009年のアマゾンによる12億ドルでの買収がある。この件に関してトニーは2010年に、「引き続き社風、ブランド、事業を育てることができる。これからも束縛されずにザッポスらしさを謳歌できるだろう」と述べている