これまでより熟議を重んじて
意思決定を行う

 前述したように、新型コロナウイルスの感染拡大により、取締役会の意思決定は一筋縄でいかなくなり、一般的な原則やシンプルな方程式に則って意思決定することが難しくなった。

 社員の健康を守るために、個人防護具にどれくらい投資すべきか。自動車の製造ラインを人工呼吸器の製造ラインに転換すべきか。こうした判断を下すうえでは、「株主価値を最大化せよ」という原則はあまり役に立たない。

 コロナ禍により、それ以前に株主価値最大化の名目で下された決定の多くを問い直さざるをえなくなった。それらの決定はしばしば、会社の資金的余裕を奪い、債務を増やし、新型コロナウイルスによるダメージへの対処を難しくしているからだ。現在のような環境では、取締役会が意見の形成と意思決定に際して、それまでよりも質的判断に頼る必要性が高まっている。

 取締役会の意思決定において、ある程度の質的判断が求められるのは、いまに始まったことではない。「数字は嘘をつかない」とよく言われるが、数字だけでは適切な判断を下せない場合が多い。

 実際、取締役会が取り組む課題の多くは、財務分析などの量的手法ではうまく対処できない。取締役会の議論において熟議が重要で、そのような議論をするスキルが取締役にとって不可欠なスキルと見なされてきた理由は、ここにある。

 しかし、コロナ禍をきっかけに、質的判断の重要性がそれまでにも増して高まり、取締役会の話し合いに要する時間も長くなっている。さまざまな選択肢を検討し、対立する要素や視点を比較衡量しなくてはならないからだ。

 そうした必要性が高まっている一因は、取締役会が未知の問題に直面し、過去の経験や既存の指針を参考にできないことにある。コロナ以前、バーチャル株主総会に関する方針や指針を設けていた企業はほとんどなかった。そのため、バーチャル株主総会を行う可能性が浮上してきた時、取締役会は迅速に、しかも慎重に、この新しい形態について検討し、それがもたらす影響について見定めなくてはならなくなった。

 また、取締役会での熟議へのニーズが高まっているのは、企業がコロナ以前のビジネスモデルを続けられなくなった結果でもある。

 コロナ禍により、それまでの戦略が機能しなくなり、未来の不確実性が高まり、さまざまな利害関係者による監視の目が厳しくなり、すべての利害関係者のために好ましい成果を上げることがいっそう強く求められるようになっている。こうした変化により、取締役会がそれまでより多様な視点を取り入れる必要性が増しているのだ。

 たとえば、前述した配当についての決定もそうだ。取締役会は、自社のキャッシュポジションと株主の期待だけを考えるのではなく、社員、政府、世論、その他のさまざまな利害関係者の視点も考慮しなくてはならない。ある選択肢を選んだ場合、それぞれの利害関係者がどのような反応を示すかも考える必要がある。

 公正さの問題も無視できない。世論や社員から不公正だと批判されかねない行動を取る場合は、そのリスクも検討すべきだ。政府による支援策を利用しようとする企業は、この点に留意する必要性がとりわけ大きい。

 また、新型コロナウイルス感染症の流行が今後どのような経過をたどるかについて、さまざまなシナリオを検討し、それぞれのシナリオにおいて自社の戦略と将来の資金ニーズがどのような影響を受けるかも考えなくてはならない。

 取締役会の熟議のプロセスでは、こうしたさまざまな要素や視点を比較衡量して優先順位を判断し、さまざまな選択肢を検討すべきだ。そしてそのうえで、あらゆる要素を考慮した場合に、現時点で最善と思われる決定を下さなくてはならない。

 コロナ禍の下で、企業の取締役会には、いっそう高いレベルの熟議と判断が求められるようになった。しかし、このような変化の根底にある要素は、新型コロナウイルス感染症の流行が落ち着いたあとも消えてなくなりはしない。企業はこの先もずっと未知の複雑な環境で活動しなくてはならず、いくつもの目的を同時に追求し、多様な利害関係者の期待に応えることが求められるだろう。

 取締役会が経営陣と協力して、コロナ後の戦略を立案し、自社の現在のニーズと未来のニーズの間で資源を配分するに当たっては、さまざまな利害関係者の主張を検討し、自社の決定がさまざまなシナリオの下でどのような影響をもたらすのかを考えなくてはならない。その検討のプロセスを助けるために、情報の量と質を改善する必要もある。

 企業の取締役会がコロナ後の時代に成果を上げるためには、注意深く、そして綿密に、しかし効率的に熟議を行い、しっかり考え抜かれた結論を導き出す能力が欠かせない。

 取締役会や個々の取締役がそのような熟議にどのくらい前向きか、そして熟議を行う能力がどの程度あるかは、現時点ではまちまちだ。取締役会の議長がそうした議論を促す能力をどのくらい備えているかも、人によって大きく異なる。取締役会に先見の明があれば、この面でもみずからの能力を点検し、必要に応じて能力を向上させることを考えるはずだ。