生きるために、壊し続ける。38億年続く生命の営みに見る持続性

福岡 伸一(Shin-Ichi Fukuoka)
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員研究者。サントリー学芸賞を受賞し、85万部を超えるベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書、2007年)、『動的平衡』(木楽舎、2009年)など、“生命とは何か”を動的平衡論から問い直した著作を数多く発表。ほかに『世界は分けてもわからない』(講談社現代新書、2009年)、『できそこないの男たち』(光文社新書、2008年)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版、2013年)、『せいめいのはなし』(新潮社、2014年)、『変わらないために変わり続ける』(文藝春秋、2015年)、『生命科学の静かなる革命』(インターナショナル新書、2017年)などがある。

松江 企業においても、イノベーションを起こすためには既存の仕組みの「破壊」が欠かせません。しかし、特に日本企業では、「壊すのは怖い」という意識があって、私たちの調査でも、多くの経営者がイノベーションは苦手だと答えています。今まで作り上げたものを能動的に壊して新しいものを作ることは、日本の組織にはかなりのチャレンジです。

 この壊すことに対する意識のギャップについて、先生はどのように捉えていらっしゃいますか。

福岡 確かに人間の「意識」にはどうしても壊すことに対する恐怖がありますね。しかし人間の「細胞」はちゅうちょしません。というより、ちゅうちょしていては生き残れません。宇宙の大原則に「エントロピー増大の法則」があります。エントロピー(乱雑さ)は、時間とともに必ず増大する。つまり秩序あるものは必ず無秩序に向かうのです。整理された机の上も、積み上げられたピラミッドも、熱々のコーヒーも、周りが見えなくなるほどの熱烈な恋愛も(笑)、必ず壊れる。どんなに頑丈な建築物も、風雨にさらされれば老朽化し、いずれ崩れ落ちます。

松江 細胞の生命体と私たちの「意識」の間にはかなりギャップがあるのですね。細胞の方がよっぽどたくましいですね。

福岡 実は、生命体は「わざと緩く作って、部分的に壊しながら作り替えていく」という戦略で、38億年もの長きにわたって秩序を維持し続けてきました。動きを止めず、小さな新陳代謝を重ねながらバランスを保つ。これを私は「動的平衡」と呼んでいます。

松江 「動的平衡」の考え方は、時間の経過とともに「変わること、壊れてゆくこと」を前提とした発想法で、企業経営において学ぶ点が大いにあると感じますね。変わることへのギャップを率先して埋めていく意識を持つ必要があると思います。

福岡 その通りですね。必要とされる意識の転換を考える上で、少しとっぴな問い掛けなのですが、法隆寺と伊勢神宮のどちらがより生命的だと思われますか。

 いずれも歴史ある建築物ですが、前者は世界最古といわれる木造建築、後者は20年サイクルの式年遷宮で建て替えられています。一見、伊勢神宮の方が新陳代謝をしていて生命っぽいですが、「動的平衡」の観点でいうと、法隆寺の方がはるかに生命的です。伊勢神宮のように「全取っ換え」をするには、設計図や、土地や、まとまった資材などが一気に必要になる。一方、法隆寺は築1400年以上ですが、実は聖徳太子の時代の部材は今ではほとんど残っていません。少しずつ、しかし、絶えることなく部分更新を続けながら当時の姿を保っているのです。長い目で見ればその方がコストもかからず、サスティナブルです。

松江 それは非常に面白いですね。かつて私は長寿企業を研究したのですが、そこには、「変わらないもの」と「変わるもの」という両極が共存しています。

 長く続く組織には、「哲学や理念は変わらない。しかし、戦略やモデルは環境の変化とともに変わる」つまり、能動的に変革に臨むという共通点があります。

福岡 まさにその「能動的」という点がポイントですね。エントロピー増大の法則に先回りして不要な部分を壊さなければ、変化を乗り越えられず、全てを失うことになってしまいます。

松江 企業が自ら能動的に変革を行うには、危機感が出発点になると私は考えています。そのためには「先=将来」と「外=市場」という2つの観点から自らを相対化し危機感を持ち続けなければなりません。また自己変革を継続させるには、「時間軸」「市場」「組織内」の3要素を連鎖させるメカニズムを組織にビルトインすることが重要です。

福岡 生命体もまさに未来を先取りして備えているといえますね。生命体はこれまで一生懸命に、長い時間軸で未来を見つつ、急な環境変化にも機敏に適応してきました。人間も生命体であり、企業も人間の集合体であると考えれば、一種の多細胞生物の体と置き換えることができるので、それがより生命的に動くことが長寿企業のキーになるというのは、松江さんが整理されている通りだと思います。