顧客体験をとらえ直す

 伝統的組織が隣接市場を「破壊」するためにテクノロジーを利用した好例として、ゴールドマン・サックスによるマーカスが挙げられる。

 マーカスは消費者向けのデジタル銀行で、一見すると伝統ある投資会社からは生まれそうにないスピンオフである。しかし、ゴールドマン・サックスの個人金融部門のグローバルヘッドを務めたハリット・タルウォーに言わせれば、意外でも何でもない。ゴールドマン・サックスは自社を「150年の歴史を持つスタートアップ」ととらえていると、タルウォーは語る。

 たいていの銀行が基本的な自動化で運営経費を削減している時、ゴールドマンはデジタルトランスフォメーションという課題に異なる方向からアプローチした。壊れたシステムを部分的に直すのではなく、次のような問いかけをしたのだ。人々が本当に欲しいものは何か、である。

 1万人以上の消費者と対話した結果、彼らは典型的なリテールバンクに3つの大きな難点を感じていることを、タルウォーとそのチームは突き止めた。お金との関係が断片化して複雑であること、融資プロセスがわかりにくいこと、そして預金が大切にされないことへの不満である。

 それらが判明したのは有益だったが、ゴールドマン・サックスがマーカス設立へと踏み切った最大の理由は、競争するために古いバンキングモデルを再現する必要はないと知っていたことだった。

「何万もの支店を構えたり、何万もの人に対面営業したりする必要はなかった」と、タルウォーは説明した。「デジタルテクノロジー、プログラマティックデータの分析、簡便なインターフェース設計のおかげで、簡単かつ透明性の高い方法で富裕層をはじめとする何百万もの顧客を獲得し、サービスを提供することが可能になっている」

 マーカスは一見するとテクノロジー企業だが、タルウォーの目にはそうは映っていない。エンジニアリングもデータもデザインも現代のビジネスにとって強力で不可欠な要素だが、本当に注力すべきはそこではないと、タルウォーは言う。「我々はマーカスをテクノロジー企業とは呼ばない。我々の事業は顧客が抱える問題を解決することだからだ」

 タルウォーにとって、AIはケイパビリティの一つにすぎない。金融業の真の未来は、徹底した顧客中心主義にあるとタルウォーは考えている。

「創業したての新しい企業であれ、何十年も操業している組織であれ、創造的破壊者として成功したければ、最初に学ぶべきことは質問することである。自分の組織は誰のために、何をしようとしているのか。顧客はどのような問題を抱えているのか。どのような事業の問題を解決しようとしているのか。それが真のイノベーションである」