量子の未来へ向けて

 量子世界での競争はすでに始まっている。世界中の国で官民が量子分野の研究開発に巨額の資金をつぎ込んでいるのだ。

 たとえば、人工衛星を使った量子暗号鍵配送のデモンストレーションがすでに行われている。これにより、量子セキュリティに基づいたグローバルなコミュニケーション・ネットワークづくりの土台が築かれたと言える。IBM、グーグル、マイクロソフト、アマゾンなどの企業も量子コンピューティングの大規模なハードウェアとソフトウェアの開発に投資している。

 しかし、目指すべきところに到達した企業はまだない。小規模な量子コンピュータはすでに用いられているが、規模を拡大させるうえで手ごわい障害になっているのは、エラーへの対処だ。

 キュービットは、ビットと違って脆弱性が途方もなく高い。外部の世界からごく些細な混乱がもたらされただけでも、量子情報は破壊されてしまう。そのため現在、大半のマシンを外界から隔離された場に保管し、室温を外部よりも大幅に低く保たなくてはならなくなっている。

「量子誤り訂正」の理論的な枠組みはすでに確立されているが、エネルギーと資源の面で十分に効率的な形で実用化することは、エンジニアリング上の難題だ。

 現状では、量子コンピューティングの潜在的な力を全面的に活用できる日がいつ来るのか、そもそもそのような日が来るのかは定かでない。それでも企業のリーダーは、以下の3つの領域に関して戦略を立てておくべきだ。

(1)量子セキュリティへの準備

 現在のデータ暗号化のプロトコルは、将来の量子コンピュータに対して脆弱であるだけでなく、古典的なコンピュータの進化に対しても脆弱だ。(古典的なものにせよ、量子的なものにせよ)暗号化の新しい標準が登場することは避けられない。

 量子的に安全な仕組みへの転換を成し遂げ、データセキュリティのインフラを支えるためには、しっかりと計画を立て、資源を確保し、量子に関する専門知識を持つことが不可欠だ。量子コンピュータの導入が10年先だとしても、それまで対応を遅らせるべきではない。手遅れにならないためには、いますぐに取り組みを始めるべきだ。

(2)用途を考える

 古典的なコンピュータが登場する前、それが今日のように私たちの生活のあらゆる側面に影響を及ぼすとは、誰も予想していなかった。量子コンピュータがどのように利用されるかを予測することも難しい。

 そこで、ヘルスケア、金融、エネルギーなど、さまざま分野の企業リーダーや専門家は、量子コンピューティングの持っている可能性をすべて活かすために、量子分野の研究者、そしてハードウェアおよびソフトウェアのエンジニアと連携すべきだ。

 そうした連携を通じて、それぞれの業界に適した量子ソリューションの開発を促進できる(すでに存在する量子テクノロジーに向けたソリューションの場合もあれば、将来の大規模な量子コンピューティングに向けたソリューションの場合もあるだろう)。量子アプリ・ストアを築き、成長させるうえでは、ジャンルの垣根を超えた専門知識とトレーニングが欠かせない。

(3)責任ある設計を考え抜く

 量子テクノロジーを開発し、それを利用することは、誰に認められるべきなのか。ユーザーは、その決定のプロセスにどのように関わっていくのか。人工知能(AI)とブロックチェーンの衝撃を通じて、新しいテクノロジーが社会と倫理と環境に及ぼす影響を検討することの大切さが浮き彫りになった。

 量子産業はまだ黎明期だ。いまであれば、初期の段階からインクルーシブ(包摂的)な慣行を定着させ、量子コンピューティングの未来に向けて責任ある持続可能なロードマップを描くことができる。そのようなチャンスは、そうそうあるものではない。

 この5年間に、量子テクノロジー産業は目を見張る成長を遂げてきた。しかし、未来のことはわからない。幸い、量子論の考え方では、不確実性は必ずしも悪いことではないとされる。

 実は、2つのキュービットを結合させ、それぞれが不確実性を失わないまま、両者を調和させることは可能だ。両方とも0、あるいは両方とも1の場合である。このように、単独では不確実だが、一緒になると確実性が生まれる現象(「量子もつれ」と呼ばれる)は、多くの量子コンピューティング・アルゴリズムの強力な原動力になっている。

 もしかすると、ここに、量子産業を築くうえで有用な教訓があるのかもしれない。企業は、責任感を持って計画を立て、同時に未来の不確実性を受け入れることにより、量子の未来に向けた自社の準備が整う確率を高めることができる。


HBR.org原文:Are You Ready for the Quantum Computing Revolution? September 17, 2020.


■こちらの記事もおすすめします
AIプロジェクトが失敗に終わる愚かな理由
アルゴリズムにも決算書のような監査が必要である
DHBR2019年2月号「テクノロジーだけでは社会変革は起こせない」
DHBR2019年6月号特集:データドリブン経営