企業戦略としての立地

 自社の主要拠点をどこに置くかは、企業にとって最も重要かつ大きな利害を伴う意思決定事項である。特に知識やイノベーションの集積地における、本社や重要支社の立地についてはなおさらだ。

 不動産の費用と現地の賃金水準を計算するだけでは済まず、はるかに多くのことが求められる。会社が人材を惹きつけて採用・維持し、重要なビジネスネットワークと市場にアクセスできるか否かは、立地判断に強く長期的な影響を受けるのだ。この判断を軽視したり間違ったりすれば、非常に高い代償を払うことになり、やり直すことも極めて難しいだろう。

 アマゾンのような会社が、過度の優遇措置を要求したり受け入れたりする場合、それによって生じる評判や「ブランド」への潜在的悪影響は、金額的な影響よりもはるかに大きいかもしれない。この種のリスクは以前から常に顕在だったが、米国の政治情勢が険悪化するにつれ著しく増えている。

 アマゾンが鳴り物入りで発表した第2本社(HQ2)探しは、新たな立地について企業がやるべきこと、やってはいけないことの典型例を示している。

 2017年9月に発表されたアマゾンの最初の提案依頼書(RFP)には、今日のビジネスの立地に求められる主な要因がしっかり含まれている。人口100万人以上の大都市圏で、有能なハイテク人材と経営人材が豊富にいて、州間高速道路と公共交通機関が完備され、主要国際空港に近接している場所だ。

 アマゾンはこのプロセスに慎重を尽くし、おそらくほかに前例がないほど、緻密かつ包括的でデータドリブンな立地選びを進めている。主導しているのは、不動産、経済開発、立地選定のプロたちで構成される精鋭チームだ。

 しかしながら、筆者を含め都市経済開発の専門家らにとっては、これはあからさまな策略とは言わないまでも、何やら騒々しい茶番のようにも思えた。

 企業はたいてい、どこに自社の重要拠点を置きたいかを事前にある程度わかっているものだ。もっとはっきり言えば、アマゾンが独自に掲げた条件に見合う都市は、ごく限られている。

 筆者は最初から、ワシントンD.C.が選ばれるだろうと予想していた。当時ジェフ・ベゾスが2000万ドル超のマンションを購入した場所だ。ワシントンD.C.は東海岸の政府中枢地域にある主要都市圏であることに加え、CEOの居住地の選択は、企業が本社の立地を決める際の重要な要因と昔から見なされてきた。(なお筆者は、アマゾン第2本社への立候補地としてトロントの提案を提出した組織の役員会メンバーだったが、のちに辞任した。このプロセスは経済的優遇措置を引き出すための情報漁りへと成り下がったと明白に思えたからだ)。

 それでもなお、「アメリカン・アイドル」ならぬ「アマゾン・アイドル」ともいえる競争は最後までシナリオ通りに運んだ。236都市が提案を提出し、地元の経済、人材基盤、使用可能な建設用地について詳細なデータを提供。アマゾンは最終候補を20都市に絞り込み、さらなる綿密な調査を行い、チームを派遣して各都市で複数の現場を視察した。こうして得られたデータ群は、アマゾンが業務運営、研究、倉庫運営、配送のための場所として活用できる宝の山だ。

 これほど綿密な計画とデータ分析にもかかわらず、アマゾンは結局、最終選定をやり直すと発表した。ニューヨーク市ロングアイランドシティの敷地をめぐる優遇措置の供与、およびさらなる高級化と(家賃高騰による)立ち退きが予想されることに対し、地元の政治家と地域活動家が激しく反発し、撤回に追い込んだのだ。

 数カ月後、アマゾンは筆者を含む批判者らの(優遇措置の乱用は避けるべきという)指摘が正しいことを証明した。マンハッタンのハドソンヤードに、広大なスペースを――見返りの補助金をまったくもらわずに――ひそかに借りたのだ。

 このような地域社会の反発を生むハイテク企業は、アマゾンのほかにも多くある。2013年には、IT社員を乗せてサンフランシスコおよびオークランド都心部のアパートとシリコンバレーの職場を往復するバスに対し、抗議運動が起きた。2020年3月にサンフランシスコ市は、住宅を適正価格で供給できなくなった場合、新たなオフィススペースの建設を制限する措置の検討に入った。

 4月には、アルファベット傘下でスマートシティに取り組むサイドウォーク・ラボ(筆者も深く関わっていた)が、トロントでのプロジェクトから撤退した。コロナ禍も一因だが、ほかにもプライバシーをめぐる論争や、同社がトロント湖畔の公有地に特権的にアクセスしていると見なされたことも理由だ。

 サイドウォーク・ラボは納税者の負担による優遇措置を求めても受け入れてもいない。適正価格での住宅供給と環境開発に尽力し、広くコミュニティ・エンゲージメント(地域社会をよりよくするための活動)にも取り組んでいた。にもかかわらず、こうした事態へと至ったのである。

 7月にシアトルは、市内の最も大規模な事業者と高所得者からの税収を増やすために給与税、つまり「人頭税」を可決した。彼らは公正な額を納めていないという認識が広がっている。なおも続くこの課税逃れの問題は、アマゾンが第2本社探しを始めた理由にも関連している。