企業の立地に求められる新たな要件

 筆者はこの数年間、企業本社の所在地とその決定要因の変遷について研究を進めてきた。パトリック・アドラーとの協働によるこの研究では、1950年代の旧工業経済の全盛期から現在の知識経済までの、フォーチュン500企業の本部機能の所在地を図表化した。これによって本社所在地の大きな変遷を明らかにし、立地要件の変化の背景要因に焦点を当てている。

 1955年、『フォーチュン』誌が初めて収益上位500社をリストにまとめた当時、米国はまだ大部分において工業経済国であり、ゼネラルモーターズ、モービル石油、ゼネラル・エレクトリック、USスチールといった工業企業が支配的な地位にあった。

 知識とテクノロジーが牽引する今日の経済では、アマゾンやアップル、アルファベットなど技術集約型の企業が圧倒的優位にある。実際、最初の500リストから今日まで残っているのは60社のみだ。

 かつての工業経済では、立地をめぐる判断は3つの主要要素に伴うコストを最小化することに重きを置いていた。原材料にアクセスし工場に輸送するコスト、完成品を市場に輸送するコスト、そして人件費である。

 初期の工業はデトロイトやピッツバーグなどの界隈を拠点としていたが、やがてこれらの高コストの立地は上記の基準に照らして不利と見なされていく。工業企業が高度に多角化し、複数の業界にまたがる企業体へと成長するにつれ、自社の工場を――あるいは文字通り「分工場」と呼ばれるようになった施設を――高くつく都市から低コストの未開発地域へと移転できるようになった。最初は郊外、次にサンベルト(米南部の温暖地帯)、最終的には国外に移っていく。

 これらの工場を誘致するために、意欲的な都市の市長と地元の有力者や支援者は、税額控除を含む諸々の経済的優遇措置を提供するようになる。経済開発という新たな職が生まれ、自治体側では地域の競争力を高めて企業投資を呼び込むこと、企業側では立地選定のプロセスを管理し、自社への優遇措置を最大限に引き出すことを目指すようになった。優遇パッケージは次第に拡大の一途をたどり、現代の巨額の大型優遇へとつながっていく。

 一方、ハイテクと知識を基盤とする企業の立地判断は、別の諸要因に基づいている。その原動力は、高学歴の有能人材へのアクセスだ。そのような人材は特定の地域に多く集中しているという単純な事実によって、この新たな立地基準は成り立つ。

 若い人材については特に、このことが当てはまる。彼らは金融、メディア、エンタテインメント、ハイテクといった知識集約型の業界に欠かせない存在だ。その彼らを惹きつける場所は、豊富な雇用機会、豊かな職業的ネットワーク、友人やデート相手となるたくさんの若者という3点が揃っている地域である。

 したがって、ニューヨークやロサンゼルスなどの花形都市と、サンフランシスコやシアトル、ボストン、ワシントンD.C.、オースティンといった主要ハイテク拠点は人材を引き寄せる磁石となり、これらの地域に有能な若者が偏っているわけだ。このような構造の下、人材を惹きつけて維持する能力は、企業立地の最も重要な要因となっている。

 フォーチュン500企業の数百に及ぶ本社所在地を60年にわたり追跡した筆者らの統計モデルは、今日の企業本社の立地でカギとなるのが人材であることを裏付けている。対象企業の70%は、学士以上の学位を持つ人口比のランキングで上位4分の1に入る大都市圏に所在している。

 もう一つの重要要因は都市圏の大きさだ。より大きな都市圏ほど人材プールも大きく、一流人材を惹きつけるアメニティ(生活を快適にする設備や環境)も多いという事実を反映している。フォーチュン500企業本社の90%は、人口130万人以上の大都市圏にある。

 第3の要因は国際空港の存在だ。企業本社の約90%は、国際空港を持つ大都市圏にある。国際空港があれば、世界中の人材集積地とグローバルにつながることができる。

 本研究では、都市・都市圏ごとの企業本社所在地の変遷も図表化した。意外ではないが、1955年以降で本社の数が最も減っているのは中西部の工業地帯で、圧倒的な増加を誇るのは、米国のハイテク知識経済のまさに中心地、サンフランシスコ・ベイエリアだ。

 ニューヨークはもちろん、全期間にわたって企業本社の集積地であり続け、1950年代中盤から現在までに本社の16%が本拠としている。1955年当時、シカゴは全米で2番目に本社が多く、クリーブランド、デトロイト、ピッツバーグ、ミネアポリス、ミルウォーキーも上位に入っていた。

 現在、サンフランシスコからサンノゼまで広がる大都市圏であるベイエリアは第2位で、52の本社がある。1950年代から4倍増え、現時点でフォーチュン500企業本社の10%以上を擁する。この飛躍的増加は、全米で人口2位の大都市圏ロサンゼルスと3位のシカゴを上回る。

 ロサンゼルスの本社数は60年間で約20%減少。工業時代には本社の一大集積地だったシカゴは、約30%も減らしている。クリーブランド、ピッツバーグ、デトロイト、ミルウォーキーといったラストベルトの都市では、さらに激減した。

 本社が増えた大都市圏はサンフランシスコのほかにもある。シアトルとデンバーのハイテク拠点は4倍に伸ばした。ワシントンD.C.はもっと多く13社が加わり、300%超の増加率だ。

 サンベルトの都市も伸びが目立つ。ダラスとヒューストンでは約60%増え、いまや全米で前者が4位、後者は5位の本社集積地だ。アトランタとナッシュビルも50%増。そしてマイアミは、中南米の経済・金融の拠点としての地位を固めており、200%増を遂げている。

 総合すると、上位10の大都市圏が全500本社の半分以上を占め、上位5が約40%、そしてニューヨークとサンフランシスコ・ベイエリアの2大都市圏だけで25%以上を占めている。