「2番目に優秀なエンジニア」の力を生かす

 前述の事例から分かるように、先進的なデジタル・テクノロジーには、規制やルールは存在しない。しかし、それを言い訳にしてステークホルダーの利益保全をないがしろにしているようでは社会的責任を果たせない。準拠すべき既存のルールがない以上、企業が自ら管理・運営のためのルールを独自に組み立てる必要がある。そしてそのためには、現場の取り組みをそしゃくし、未知のリスクを予見し、それに適切に備えていくという、新たなケイパビリティがガバナンスサイドに求められるのだ。

 例えば、ビジネスサイドから「外部のベンチャー企業のAI技術を使って、自社の顧客データの分析モデルを構築する」という計画が持ち上がったとしよう。ガバナンスサイドとしては、まず企業統治の観点から「自社ビジネスと当該技術の適合性」や「価値とコストのバランス」などを検証する必要がある。また、法務・コンプライアンスの観点からは「データ処理の適法性の確保」「顧客との合意形成」「学習済みモデルの知財権の管理方法」も検討しなければならないだろう。さらに、その取り組みで本当に企業価値が向上するのか、といった本質的な議論も欠かせない。デジタル・テクノロジーの活用を前提としたポストコロナにおいては、ガバナンスサイドにも、デジタル・テクノロジーのケイパビリティを持った上で経営陣や現場と議論することが不可欠なのだ。しかし、このようなケイパビリティを外部から調達するのは容易ではない。

 そこで提案がある。「社内で2番目に優秀なエンジニア」をガバナンスサイドに引き入れるのだ。最も優秀なエンジニアはビジネスサイドで能力を生かすことを前提に、ガバナンスサイドにも同レベルのエンジニアリング能力を確保するための極めて直接的かつ有効なチャレンジといえる。

 こうした方策が打てなければ、企業のガバナンスは時代遅れのルールを現場に押し付けてビジネスの足を引っ張るか、あるいは、ことの本質を理解しないまま、問題が起きないことをただ祈るだけの形式的な存在へと堕落してしまう。デジタル・テクノロジーを理解しないガバナンスサイドは「口うるさいだけで何の役にも立たない」とビジネスサイドに煙たがられ、信頼関係の欠如はやがて現場の暴走を許す火種になり、かえってリスクを増やすことになるだろう。しかし本来、ビジネスサイドとガバナンスサイドは車のアクセルとブレーキではなく、協調しながら価値創出を加速させる両輪であるはずだ。そのためには、ガバナンスサイドがデジタル・テクノロジーを深く理解し、プロジェクトの企画段階から関与できる体制を構築しなければならないのである。

 もちろん、ビジネスのロジックを優先し過ぎてもバランスを欠く。そこで重要なのが「パーパス」だ。このシリーズで何度も言及している通り、自社の存在意義をはっきりと内外に示すことは、企業が目指すべき方向に進むための強い行動指針となる。デジタル・テクノロジーの活用領域が拡大していく中で、人間とデジタル・テクノロジー、社会とデジタル・テクノロジーはどんな関係を築くことが望ましいのか。デロイト トーマツでは、人とAIが協調する社会(The Age of With)という新しい協力関係を示しているように、あるべき姿を具体的に描き出すことが、ガバナンス体制の再構築のためにも欠かせないのである。