最終的に、グウェンは私をコーチに選んだ。最初に会ったときから、彼女は遠慮がなかった。

「私にコーチングが必要だと言うのよ! コーチングが必要なのはチームのほうで、私じゃない。チームが崩壊したせいで、会社全体が危機にさらされたのだから、私がチームを背負って、混乱から助け出さなければならなかったのに。
 彼らからのフィードバックも読みました。私が彼らに耳を傾けて、ペースを落とさなければならない、と。
『チーム全員と一緒に進むべきだ』という意見もあったけど、私がもっと広い心を持たなければいけないの? 彼らは私に弱い人間になってほしいわけ?」

 彼女は目を細め、全身から怒りと軽蔑の感情を撒き散らしながら、私のほうに身を乗り出した。

「いっそのこと、徹底的に責められるほうがましね」

 グウェンは「悪い」人ではない。彼女はチームに裏切られたと感じていた。自分が最も必要としている時にチームから見捨てられて、いまや自分のリーダーシップが脅かされていると感じていた。

 チームのメンバーが自分のように容赦なく、レジリエンスがあって、精神的にタフではないかもしれないとは、考えたこともなかった。この事実が見えていない彼女は、部下に共感を持って接することができず、彼らが自分を陥れたと思い込んでいた。彼女に言わせれば、彼らは軽蔑に値する。

 私はエグゼクティブコーチとして数十年、このような展開を何度も見てきた。軽蔑の発作は女性より男性のほうが経験しやすいが、グウェンの例から明らかなように、リーダーは男女を問わず脆弱だ。

 そしてどのような状況でも、軽蔑の発作はリーダーや部下、そして会社を危機にさらす。簡単に言えば、リーダーが抱く軽蔑は危険なのだ。

 私はこれがいかに危険なことかを、かつてロンドンのモーズレイ王立病院で「表現される感情レベル」に関する研究に参加したときに学んだ。

 この研究チームの発見は、衝撃的なものだった。鬱病や統合失調症を発症した患者にとって、家族からの批判的な発言や軽蔑的な口調が多いことは、薬を服用しないことと同じくらい強力な再発の予測因子になることがわかったのだ。

 リーダーとして、自分の軽蔑が一緒に働く人々に強い影響を与えうることを認識しなければならない。見落とせば、あなた自身を危険にさらすことになる。

 幸い、訓練をすれば、軽蔑の発作の兆候に注意を払えるようになる。差し迫った兆候に気づき、みずからリセットボタンを押すのだ。

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