『ハーバード・ビジネス・レビュー』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月一人ずつ、東京都立大学名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2020年10月の注目著者は、ハーバード・ビジネス・スクール教授のマックス H. ベイザーマン氏です。

リーダーの意思決定のあり方を問う

 マックス H. ベイザーマン(Max H. Bazerman)は1955年生まれ、現在65歳。ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のジェシー・イジドー・ストラウス記念講座教授を務める。

 HBSでは「交渉・組織・市場(NOM)」ユニットに所属し、適切な意思決定を妨げる認知バイアスの研究、および交渉における行動意思決定論の世界的権威である。また、ハーバード・ケネディ・スクール・パブリックセンターの共同ディレクター、ノースウエスタン大学ケロッグ・スクール・オブ・マネジメント(以下ケロッグ)の特別栄誉教授も務める。

 ベイザーマンは1976年、ペンシルベニア大学ウォートン・スクールで組織心理学と会計学を専攻した。経済学の学士課程を修了したのち、同年にカーネギーメロン大学産業経営大学院(GSIA、現テッパー・スクール・オブ・ビジネス)に進学し、1978年に組織行動論の修士号、1979年にPh.D.を授与された。

 ベイザーマンはカーネギーメロン大学在学中から講師として教壇に立つ機会を与えられていたが、1979年にテキサス大学の助教授として採用され、1981年にはボストン大学助教授、1983年にはマサチューセッツ工科大学助教授として奉職した。

 その後、1985年にケロッグの准教授に採用され、1987年には組織行動論の教授に昇任した。1991年に特別栄誉教授の称号を授与され、2000年まで同大学に在籍した。その間、1998年には、HBSのトーマス・ヘンリー・キャロル・フォード記念講座客員教授兼客員研究員として交渉学を担当している。

 そして2000年、HBSの教授およびハーバード・ケネディ・スクールのファカルティー・メンバーとしてハーバード大学に招聘され、ここでも交渉学を担当することになる。ハワード・ライファ(Howard Raiffa)が交渉学を学問として体系化して以来、交渉学はHBSのMBAコース初年度の必修科目となっている。また、交渉学の上級科目は選択科目として、HBSの学生の半数以上が受講する最も人気の高い講座の一つである。

 ベイザーマンは実験調査に基づき、『ハーバード・ビジネス・レビュー』(Harvard Business Review、以下HBR)誌への寄稿を含めて多数の論文を執筆し、多くの書籍も上梓している。その根底に共通する問題意識としては、以下の3点を見ることができる。

 ベイザーマンの問題認識の1つ目は、複雑化かつ多様化してダイナミックに移り変わる社会において、資源を配分し、あらゆる種類の対立や紛争を解消する実用的で効果的な交渉のメカニズムは何か、そして社会全体の価値創造を最大化するための方法とは何かである。

 なかでも交渉が決裂する際に当事者が犯す「認知的な過ち」に焦点を当て、交渉者の認知(negotiator cognition)、すなわち交渉における行動意思決定を研究している。このテーマで執筆したベイザーマンの代表的著作に、Negotiation Rationally, with M. A. Neale, 1992.(邦訳『交渉の認知心理学』白桃書房、1997年)がある。

 問題意識の2つ目は、健全な倫理観を持つ経営者やリーダーが、悪意もなく意図せずして非倫理的行動を取ってしまうのはなぜか、非倫理的行為に気づけずに見落としてしまうのはなぜか、である。特に行動倫理学の視点から、「限定された倫理性」(bounded ethicality)に着目している。

 3つ目は、頭脳明晰な人でも重要情報に気づかず失敗を犯してしまうのはなぜか、失敗の可能性に事前に気づかない理由はどこにあるのかだ。限定された認識である「意識の壁」(bounded awareness)を中心に研究している(詳細後述)。

 ベイザーマンは、経営プロセスにおける行動意思決定の課題をまとめ上げ、Judgement in Managerial Decision Making というタイトルで出版している。同書は1986年の出版以来、何度も改訂を続け、現在は第8版のロングセラーとなっている。

 なお、第4版は『バイアスを排除する経営意思決定』(東洋経済新報社、1999年)、第7版は『行動意思決定論』(白桃書房、2011年)として翻訳出版された。ちなみに、第7版からはD. A. ムーア(Don. A. Moore)が共著者として加わっている。

交渉を合理的に切り抜ける方法

 HBSの客員教授として交渉学を教え始めた時期、ベイザーマンはHBR誌に最初の論文を寄稿した。

 その論文、“Betting on the Future: The Virtues of Contingent Contracts(将来に賭ける:条件付き契約の価値),” with James J. Gillespie, HBR, September-October 1999.(未訳)では、交渉が決裂する時に見られるような、交渉当事者の過ちを軽減する方法を提案している。

 交渉の当事者が将来に期待することがそれぞれ異なれば、交渉は行き詰まり、合意に達することはできない。ベイザーマンは、そのような行き詰まりを切り抜ける方法として、ある特定の条件が満たされるまで契約が確定されない「条件付き契約」(contingent contract)を結ぶべきだと主張した。不確実性が高まる中、こうした契約形態は、当事者間の情報の非対称性からくるリスクを軽減できるので合理的だという。

 交渉に関する同様の問題意識で書かれた論文として、“Investigative Negotiation,” with Deepak Malhotra, HBR, September 2007.(邦訳「調査交渉術」DHBR2008年3月号)がある。この論文では、交渉が暗礁に乗り上げないための方法論を提唱した。

 交渉がうまく運ばない要因は、交渉相手の置かれた立場や制約条件などを把握せず、解決策を考えていることにある。そこで、あらかじめ相手の状況を調べ上げて最大限の情報を引き出し、5原則からなる「調査交渉術」(investigative negotiation)を熟知することを推奨する。

 原則の第1は交渉相手が抱えている問題を解決すること、第2は交渉相手の制約条件を取り外してあげること、第3は相手からの追加要求は自分の追加要求を受け入れさせるチャンスであると考えること、第4は双方の価値創造を実現するために共通点を見つけること、第5は交渉が決裂した後も交渉に役立つ重要情報の調査を続けることだ。

 ベイザーマンは最後に、交渉とは最終的に勝ち負けを争う場ではなく、信頼と協力、価値創造の場として見直す必要があると主張した。なお、この議論をまとめた書籍として、Negotiation Genius, 2008.(邦訳『交渉の達人』日本経済新聞出版社、2010年)がある。

 2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンとの共著、“How to Make the Other Side Play Fair,” with Daniel Kahneman, HBR, September 2016.(邦訳「やっかいな交渉相手に公正な提案をさせる方法」DHBR2017年6月号)では、一見不合理な相手と交渉する時、公正な合意に効率よく到達するための戦略として「最終提案仲裁チャレンジ」(final-offer arbitration)を提案している。

 ベイザーマンとカーネマンはこの論文を通じて、交渉戦略における新たな方法論を提示した。最終提案仲裁チャレンジとは、交渉当事者双方の提案を仲裁者に提示し、どちらか一方の案を選んでもらうという方法だ。この方法によれば、当事者にとって不合理な提案を行うインセンティブは働かず、合理的で公正な合意形成が行われるようになる。

会計監査の利益相反を是正すべき

 ベイザーマンは“Taking the Bias Out of Bean Counting(会計監査のバイアスを取り除く),” with George Loewenstein, HBR, January 2001.(未訳)を通じて、会計士の利益相反(conflict of interest)問題を提起した。“Bean Counting” とは会計士を指す俗語である。

 2000年1月、当時ビッグファイブの会計事務所に所属するパートナーによる、クライアント企業に対する投資が明るみになった。監査対象への投資は本来、公平性を担保するために禁じられた行為である。

 当時、会計事務所のコンサルティング事業は収益の最大70%を占めていたが、会計とコンサルティングは奇妙な関係性だとベイザーマンはいう。企業に収益性を改善する方法をアドバイスすると同時に、収益性を公平に精査することが求められるからだ。これは刑事事件の弁護人が裁判官と陪審員を兼務するような危うい関係だという。

 この事件を受けて米国証券取引委員会(SEC)は、会計事務所が提供できるコンサルティング業務に制限を設けることを提案した。SECが提案した規制は会計事務所から反発を受けただけでなく、その提案は利益相反を防ぐには不十分であったと指摘した。

 会計監査人も人間である。自分たちのクライアントを喜ばせたいという動機を持っている限り、公平な判断はできない。会計監査の公平性とは、監査人の偏見を生み出す利益相反を取り除くことによってのみ保証されるはずだと、ベイザーマンは主張した。

 ベイザーマンは、“Why Good Accountants Do Bad Audits,” with George Loewenstein and Don A. Moore, HBR, November 2002.(邦訳「善意の会計士が不正監査を犯す理由」DHBR2005年10月号)を通じて、この問題についてさらに深く論じた。

 2001年10月、『ウォールストリート・ジャーナル』紙がエンロンによる不正会計疑惑を報じると、同年12月にエンロンは破綻した。そして、エンロン事件に端を発する米国企業の不正会計問題は、監査法人の会計士に対する信頼を揺るがすことになった。

 ベイザーマンによると、監査業務は「自己奉仕的バイアス」(self-serving bias)の温床である。自己奉仕的バイアスとは、自分が望む結論を得るために、都合がよいことを無批判に受け入れることを意味する。

 会計士の監査業務は明確な基準に従い行われるので、その客観性は担保されていると信じられていた。しかし、そこでは解釈のあいまいさが許容される。その結果、クライアントとの関係維持が重視され、クライアントの報告書を承認してあげたいと思うのは無理もない。

 ベイザーマンは、不正会計を撲滅して監査制度への信頼を回復するには、2002年に成立したSOX法(サーベンス・オクスリー法)への対処だけでは不十分だと指摘した。自己奉仕的バイアスの存在を認め、それがもたらす悪影響を抑止する慣習や規制が必要だという。

 なお、SOX法に基づき公開企業会計監督委員会(PCAOB)が設置され、ベイザーマンは2012年、同委員会に招聘されている。そして、監査法人の独立性を担保するためには、監査を受ける企業が監査法人を定期的に変更することを義務化すべきだと主張した。

リーダーの非倫理的行為は
なぜ容認されるのか

 ベイザーマンは2003年、“How (Un)ethical Are You?” with Mahzarin R. Banaji and Dolly Chugh, HBR, December 2003.(邦訳「道徳家ほど己の偏見に気づかない」DHBR2004年8月号)をHBR誌に寄稿した。

 ベイザーマンは、自分は倫理的で偏見はないと信じている人ほど、客観性の錯覚(illusion of objective)による潜在的偏見(unconscious biases)が存在するとし、マネジャーは潜在的偏見が意思決定にもたらす、非倫理な影響をできる限り軽減する必要があると主張した。

 潜在的偏見は、固定観念や好意、自分を平均以上と評価する性向、権利意識などが原因と考えられる。潜在的偏見を根絶するには、偏った意思決定の根底にある無意識の思考プロセスを自覚させるようなコーチングを受けるなど、修練する場を持つことだとベイザーマンはいう。

“Ethical Breakdowns,” with E. Tenbrunsel, HBR, July-August 2014(邦訳「『意図せぬ悪事』の科学」DHBR2011年7月号)では、最善のコンプライアンス対策と倫理プログラムによって倫理を遵守することを心がけているのに、なぜ経営陣は非倫理的な意思決定を下してしまうのかを検討した。

 この論文では、認知バイアスに関する調査を通じて、倫理的な組織を構築できない「5つの障壁」として、以下を提示している。

・報酬のために倫理に反する行動を助長する「不適切な目標設定」(ill-conceived goal)

・利益相反の恐れがある時、見て見ぬふりをすることが利益となる「動機づけられた見落とし」(motivated blindness)

・直接的な行為を避けて、第三者に行わせることで起きる「間接的な見落とし」(indirect blindness)

・些細な非倫理的行為を見逃してしまったことで倫理観が少しずつ緩み、より大きな過ちをも許す「滑りやすい坂」(the slippery slope)

・非倫理的行為か否かで判断するのでではなく結果を優先する「結果の過大評価」(Overvaluing Outcome)

 そのうえで組織の非倫理的な不正行為をなくすためには、倫理的であることを強制するのではなく、経営陣や従業員に対して、不正行為の原因となる認知バイアスの存在を認識させるための教育を徹底して行うべきだと主張した。

 このテーマをまとめた書籍として、Blind Spots, 2011.(邦訳『倫理の死角』(NTT出版、2013年)を上梓している。

 ベイザーマンは、“A New Model for Ethical Leadership(倫理的リーダーシップの新たなモデル),” HBR, September-October 2020.(未訳)を通じて、公正でより倫理的でありたいと望むリーダーやマネジャーは、社会に最大の価値を生み出す倫理的意思決定(ethical decision-making)に目を向けるべきだと主張した。

 人の意思決定は「システム1(直感的)」と「システム2(論理的)」のプロセスから成る。道徳的判断に関しても同じように、自動的に反応する直感的思考と熟慮を要する論理的思考という2つのシステムが並行して存在し、後者を実践することが必要である。

 このように哲学的思考とビジネススクールの功利主義を融合させた「実用的な功利主義」(practical utilitarianism)の概念を発展させることで、交渉や時間管理など、経営上のさまざまな決定の倫理性を担保することができる。そしてリーダーやマネジャーは、自分たちが設けた倫理的なルールと意思決定環境により、組織全体への影響力を高めることができるとベイザーマンはいう。

失敗を起こさないために
「気づく技術」を学ぶ

 ベイザーマンは、“Predictable Surprises: The Disasters You Should Have Seen Coming.” with Michael D. Watkins, HBR, April 2003.(邦訳「ビジネス危機は予見できる」DHBR2003年10月号)を寄稿し、いかなる企業も予見可能な危機を見過ごしたことにあると指摘し、それを防ぐための方法を論じた。

 ベイザーマンは予見可能な危機を未然に回避する3つのステップとして、「RPMプロセス」を提言している。3つのステップとは、第1に危機を認識(Recognition)すること、第2に組織として危機を優先課題(Prioritization)とすること、第3に予防に必要な経営資源を事前に配置して対応(Mobilization)することである。

 なお、このテーマを書籍にまとめており、Predictable Surprises, 2004.(邦訳『予測できた危機をなぜ防げなかったのか?』東洋経済新報社、2011年)として上梓している。

 ベイザーマンは同様の問題意識から、“Decisions Without Blinders.” with Dolly Chugh, HBR, January 2006.(邦訳「『意識の壁』が状況判断を曇らせる」DHBR2006年4月号)の中で、「意識の壁」(bounded awareness)の存在を指摘した。

 意識の壁とは、意思決定者が、ある種の重要情報を無意識のうちに無視してしまうことを指す。意識の壁が生じると、関連性があり簡単に入手できる情報も見落としてしまい、自分が直面している状況に対処できない。これは意思決定プロセスのさまざまな段階で発生する。

 意識の壁が生じる原因としては、意思決定者が一つのことに集中し、特定の結果を支持するよう動機づけられていることなどが挙げられる。意識の壁を打破するには、部外者の視点、反証の詰問、必要な情報が身近に存在するという仮定、無意識に情報共有できる仕組みづくりなど、壁の外にある情報を探索することが有効だとベイザーマンは主張する

“Becoming a First-Class Noticer,” HBR, July–August 2014(邦訳「倫理の過ちを見逃す6つの罠」DHBR2015年6月号)では、ベイザーマン自身が倫理違反の可能性を見落とした案件に焦点を当て、その理由を分析した。ベイザーマンは前述の「5つ障壁」をベースに、曖昧さ(ambiguity)と意図的な欺き(misdirection)を加えて、6つの重要なバイアスを挙げている。

 非倫理な行為に気づき「第一級の観察者」になるためには何をすべきか。この論文では、非倫理的な不正行為に気づくスキルを養うために、3つの具体的な方法を提示している。

 第1は過去のミスを分析して内省すること、第2は先入観のない第三者の意見に耳を傾けること、第3は経営者やリーダーだけではなく、組織メンバーの一人ひとりがそれに気づき、声を上げることのできる組織をつくり上げることだという。

 なお、The Power of Noticing, 2014.(邦訳『ハーバード流「気づく」技術』KADOKAWA 、2015年)では、このテーマを詳細に論じている。

心の豊かさを求めて

 ベイザーマンについて語るうえで、妻のマーラ・フェルチャー(Marla Felcher)の影響を無視することはできない。マーラは社会の不公平や不平等に対して強い問題意識を持ち続けており、『ハーバード流「気づく」技術』の中では、マーラの提案で報酬のすべてを慈善団体に寄付したと書かれている。

 マーラは、1992年にケロッグでPh.D.を取得したのち、消費者保護の専門家としてケロッグやケネディ・スクールなどで教鞭を執った経験を持つ。現在はボストン地域に住む貧困家庭を対象に生活の質の向上に取り組む非営利団体、フィランソロピー・コネクション(Philanthropy Connection)の共同代表を務めている。

 ケンブリッジ・コミュニティ財団のインタビューで、マーラは以下のように語っている[注]

「約30年前、夫と私は自分たちが必要とする以上にお金を稼いでいることに気づきました。それを機に、自分のお金を使って何をしたいのかを考えるようになったのです。
 私がイリノイ州エバンストンのケロッグで教鞭を執っていた時、都市部のニーズについて独学を始めました。そして、慢性的失業や学区ごとの不平等の存在に気づきました。このことは私が格差の問題に目を向けるきっかけとなり、以降、その感情が衰えることはありませんでした。
 私は1998年からケンブリッジで暮らしていますが、ここに存在する不平等の問題は必ず解決できると信じています。貧困ラインを下回る人の数には限りがありますし、この地域には世界で最も賢い人たちが住んでいるのです。不平等の問題は完全に解決できると思います」

 ベイザーマンの最近の著書、Better, Not Perfect(完璧である必要はない)の中で、個人が利己的な意識と倫理的な気づきとの葛藤を抱えながら生きるために、哲学と行動心理学を融合させたロードマップを提唱している。

 人間が持つ欲求や思い込みを否定することなく、その存在を認めながら心豊かに生きていくために、リーダーが倫理的で公平な判断を下すための方法論を模索するベイザーマンの姿勢は、妻のマーラと共通するのではないか。

[注]Cambridge Community Foundation, Marla Felcher joins CCF Board of Directors, http://cambridgecf.org/marla-felcher-joins-ccf-board-of-directors/