Illustration by Matt Clough

コロナ禍で私たちの生活スタイルは大きく変わったが、この状況で親しい友人から大人数が集まるイベントに誘われたら、あなたはどう答えるだろうか。もし「ノー」と答えたら、不快な思いをさせはしまいか。感染拡大リスクを伝えたら、余計なお世話だと失望されないだろうか。そう不安に感じるのはもっともだ。だが実験調査の結果から、そうした心配は杞憂であることが明らかになっている。むしろリスクを適切に伝えることで、両者の関係にプラスになるのはなぜか。


 最近、筆者の一人が大学時代の友人から、比較的大人数のグループで行くハイキングに誘われた。グループの中には、見知らぬ人もいた。

 かつては気楽な散策だったものが、いまは私たちを窮地に立たせている。ボストンでは依然として、新型コロナウイルスの感染者数が多く、米国全土でも増加しており(持病のある家族がいる場合、大変なリスクにさらすことになるのは言うまでもない)、私たちは葛藤を覚えた。

 ハイキングの誘いには「ノー」と言いたかったが、友人を不快な思いにさせたくなかった。同時に、いまもなおソーシャルディスタンスを保つ必要があること、そして今回のハイキングのような大人数での活動には大きなリスクが伴うことを友人に伝えたかった。

 こうした状況で、私たちはどうするべきか。懸念があっても、イエスと言うべきだろうか。何の説明もなく、ノーと言っても構わないか。あるいはノーと言って、新型コロナウイルス感染症に関連するリスクを伝えればいいのだろうか。

 社会的な制約が緩和されるにつれ、このように難しい決断を迫られることが増えている。友人や親族から対面でのイベントに誘われたら断るべきだろうか。断る場合には懸念を伝えるべきか、それとも自分の中に留めておくべきだろうか。

 この疑問に対する答えを見つけるため、筆者らは米国の労働者3000人以上を対象に5つの実験調査を行い、友人に「ノー」と言う際に新型コロナウイルス感染症に関する懸念を伝えることの対人コストを調べた。

 友人からの社会的イベントへの誘いを断って、新型コロナウイルス感染症に関するリスクを伝えることを考えると、相手から批判的であるとか、警戒しすぎだとか、余計なお世話だと思われるのではないかと多くの人が不安になる。

 しかし筆者らの研究結果によれば、こうしたおそれは間違っていることが示されている。新型コロナウイルス感染症に関する懸念を説明されたうえで断られた場合、人々は予想されたよりも理解を示し、傷つかないことが明らかになった。