世界の「コダック・モーメント」

 ここまで読んできて、疑念が湧いてきた読者も多いだろう。企業が変わることなど、本当にできるのか。そして、そうした変化を遂げることを通じて、政府の変化を促すことなどありうるのか。

 企業は、長期的な視点と公共の利益を尊重する資本主義のあり方を、はたして受け入れられるのか。企業は、企業の力を抑制する役割を担う機関や制度に再び力を持たせるための行動を取ることができるのか。そんな疑問を感じたかもしれない。

 私はそれが可能だと思っている。企業は、社会問題や環境問題に取り組むことを通じて利益を上げられる場合もある。

 スーパーマーケットチェーン大手のウォルマートは、配送トラックの燃費効率を改善することにより、燃料費の支出を10億ドル減らすことができた。起業家のイーロン・マスクは自動車産業のあり方に革命を起こし、その結果としてゼネラル・モーターズ(GM)とフォード・モーターを合わせたよりも株式時価総額の大きい企業を築き上げた。

 過去20年間の2億ドル以上の新規株式公開(IPO)の中で、最も大きな成功を収めたのは、牛肉を大豆ミートに変えると約束した企業だった。ユニリーバ傘下のブランドの中では、「パーパス・ドリブン」のブランドはそうでないブランドに比べて成長率が69%高いという。これは、消費者が次第に、購買行動を通じてブランドへの支持表明を行うようになっているためだ。

 規模の大きい変革ほど成し遂げるのは難しいが、それは不可能なことではない。いまの世界は、いわば「コダック・モーメント」を迎えつつあると言えるだろう。

 私はマサチューセッツ工科大学に着任して最初の20年間、イノベーションと戦略論の教員をしていた。その期間の多くは、「イーストマン・コダック記念講座のマネジメント担当教授」というのが正式な肩書だった。

 この肩書になったのは偶然の結果だったが、きわめて皮肉と言うほかない。当時の私の主たる研究テーマは、コダックのように成功していた大企業が、世界の変化にうまく対応できない理由を明らかにすることだったからだ。

 今日では、コダックの歴史はビジネス界でよく知られている。コダックはかつて、世界でも有数の成功を収めた企業だった。同社はフィルム写真のテクノロジーを開発し、それを土台に世界的な有名ブランドを築いた。

 同社の上級副社長で研究部門を率いていた人物は、1985年に『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の取材に対して、こう述べている。「私たちは、情報に基盤を置く企業へと移行しようとしています。(中略)(けれども)合法的なカラー写真のような(利幅の大きいビジネスを)見つけることは簡単ではありません」

 同社は結局、2012年に倒産した。デジタル写真への移行をうまく果たせなかったのだ。

 ビジネス界全体がいま、同様の移行を求められている。有力財界団体のビジネス・ラウンドテーブルが昨年の画期的な決断により、「すべての利害関係者の利益」を重んじる方針を打ち出したことからも明らかなように、世界の有力企業の大多数は気候変動問題に対処し、誰もが世界の冨を分かち合うチャンスを得られるようにし、民主主義が寡頭政治や専制政治に屈しないようにしなくてはならないと理解している。

 変わらなければならないことは、頭ではわかっている。しかし、コダックのような態度を取ることへの誘惑はあまりに強い。いずれ変化は避けられないにしても、いますぐではない、などと考えてしまうのだ。古いやり方を続けたほうが儲かると主張したり、本当に重要なことであれば、あとで対処すると言ってみたり……。

 変革を実行することは容易でない。世界の状況について、そしてその世界で企業が果たすべき役割について、古い考え方を変えることは難しい。その点は、特に意外なことではない。

 それでも、私は希望を持っている。といっても、すべてうまくいくと楽観しているわけではない。そのような確信はとうてい抱けない。

 だが、希望は捨てていない。人類には問題解決の能力が備わっている。現に、コダックはデジタル写真の時代への移行に失敗したが、ニコン、キヤノン、富士フイルムといった企業はその移行に成功し、いまも莫大な売上げを計上し続けている。

 いまも多くの企業と途方もない数の人たちが、人類共通の問題を解決しようと努めている。このコロナ禍でも、たくさんの企業が互いに協力し合い、政府とも手を携えて、ワクチン開発に取り組んだり、安全な職場再開を目指したりしている。

 このような協力体制は、新型コロナ対策だけ終わらせてはならない。最近のデータによれば、コロナ禍の中で企業への信頼が低下している半面、政府への信頼は飛躍的に高まっている。

 企業が政府を敵ではなくパートナーと見なし、社会を一握りの幸運な人だけのものにせず、すべての人のためのものにすることを目指して行動するよう転換するうえで、いまほど打ってつけのタイミングはない。

 コロナ禍の恐怖から学べることは多い。というより、私たちはこの経験から学ばなくてはならない。

 以前の「ふつう」に戻る必要はない。それよりも、資本主義を再構築すべきだ。

 自由市場が持つエネルギーと、有能で人々のニーズに敏感な政府の力の間で適切なバランスを取らなくてはならない。企業と政府が手を携えれば、いまよりも公正で持続可能性の高い世界を築くことができる。


HBR.org原文:Reimagining Capitalism in the Shadow of the Pandemic, July 28, 2020.

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